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【少年の供述調書より】
《今回の中間テストが始まる2日くらい前、平成18年5月24日ごろの夜でした。
この日もいつも通り僕は書斎で勉強して、パパが監視していました。僕は英語2の勉強をしており、その時、パパが席を立ったことがありました。僕は毎日の勉強の疲れからつい居眠りをしてしまいました。
僕が居眠りをしている間に、パパが部屋に戻って来て居眠りに気付くと、いきなり寝てる僕めがけて、机の上に置いてあった分厚さが7センチくらいある英語の辞典を投げつけてきて、僕の顔にもろに当たりました。
パパは、なんで寝てんねん、そうやって寝てるからお前のそばで勉強を見やんなんねんや、俺もしんどいんやと怒鳴りつけました。
眠くてたまらず下を向いていると、僕のためにママが入れてくれた冷たい緑茶が机の上に置かれており、パパはその緑茶の入ったコップを手に持って、僕の顔にかけました。僕の顔は一瞬にしてびしょびしょになり、机の上に置いてあった本やノートなども濡れました。
僕はパパに、
そうやってお茶とかかけるからまた勉強遅れるんや、
と言うと、パパは僕に、
やかましいわ、早くやれ
と怒鳴り返してきました。
その翌日、友達に濡れてしわくちゃになった本を見せながら、昨日おとんにお茶かけられたと言うと、友達は、ひどいなぁと同情してくれました》
《少年にとっての「最後のテスト勉強」も、このように過酷なものだった。
第一章でも述べた通り、テストの結果はまずまずだった。
ただ1科目、英語1だけが平均点を大きく下回った。
少年は父親の暴力を恐れるあまり、「平均より7点上やった」とウソをついた。
本当に、ただそれだけだった。
それだけのことで、少年は自宅に火を放ち、結果的に家族3人の命を奪った。
点数が20点足りないだけで。
時計の針が戻せればと、父親は願っているだろう。
だが時計の針が戻り、万が一、英語1の点数が平均点に足りたとしてもー。いつか同じ惨劇が起こっていただけかもしれない。
気付くチャンスは何度もあった。
そのすべてに目と耳を塞いだ結果、父親は大切なものをすべて失うことになる》
●この父親は、「子どものために」と真剣に思っていたことでしょう。それは言い換えれば「善意」。「善意」に潜む「悪意」(自分では気づかない押しつけ)ほど空恐ろしいものはないことを、私はこれまでに森達也さんの本他で学んできたつもりです。
それは常に自分自身を振り返ることをしていなければ、誰にでも、もちろん私自身にだって、いつでも降りかかってくるものです。こうして書くことは私自身を振り返る作業ですから、自分自身を客観的に見ることができる貴重な時間となります。もちろんこれだけでOKの万能なものではないでしょうがー。
「二度と取り返しのつかないこと」を、私自身もしたくない。これまでに何度そのようなことをやってきただろうか。生きる事は恥をさらすことなのかもしれません。同じ過ちは繰り返したくないけど、繰り返してしまうときは繰り返してしまうのだから。別に繰り返すことを正当化するわけではなく、繰り返したくないけどやってしまうのも、人間なのかもしれないとフト思うのです。
いずれにしろ、生死に関わることに発展したら、本当に取り返しがつかないー。
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