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【本物と偽物を見分ける能力をつけましょう】より
《内田:知的探求を行っている自分自身の知のありようについて、上から鳥瞰できることが「教養がある」ということではないかと僕は思うんです。自分の置かれている文脈を見る。なぜ自分はこのことを知らずにきたのか、なぜ知ることを拒んできたのかという、自分の無知の構造に目を向けた瞬間に教養が起動するんだと思います。
鷲田:自分がわかっていないことがわかるということが一番賢いんです。それが次につながる。その逆を行ってる典型が、国の教育や医療などの審議会の答申。現実にできそうにないことをずらっと並べているのが目につくけどまったく無意味ですね。何ができて、何ができないかすら明確でない。》
《鷲田:日本人が幼児化を始めたターニング・ポイントっていつだったんでしょうね。
内田:1970年代からじゃないですか。日本が豊かで安全になったので、大人がいなくても、子どもたちでも回せるシステムができた。その結果、成熟する必要がなくなってしまった。成熟って、生き延びる知恵だから、危機的な状況がなくなれば必要ないといえばないんです。だから、ある意味では「いいこと」なんです。それだけ安全で堅牢な社会を作り上げたということなんですから。》
●「自分がわかっていないこと」なんて山ほどあるでしょう。
聖人君子じゃないんだから、それは当たり前。だからそれを恥ずかしいと感じることはないけれど、そこで謙虚に「わかりたい」と思って行動するかどうかが、大事なのではないかと思います。
私は北海道で生まれ育って19歳で北海道を離れましたが、北海道在住時にはアイヌの方々が置かれている立場や歴史などを全く知りませんでした。
東京暮らしの最中にあるワークショップに参加した際、たまたま手にした当時中学生の書いた作文を目にして愕然としました。
そこには、「あ、イヌ、あ、イヌといじめられてばかりで嫌だ。中学を卒業したら自分は絶対この土地を出ていく」というようなことが書かれてあったのです。それは今からさかのぼっても、20年程前にあったことです。
自分がアイヌだというただそれだけで、このような悲しい思いをしている子どもが今の時代にも厳然としているのだということと、なぜ自分はずっと北海道に暮らしながらこのことを知らなかったのか、あるいは知らされてこなかったのか、という思いで愕然となったことを覚えています。そしてそれを知ったのは、北海道を出てからなのです。出たからこそ、なのかもしれません。
それ以来私は、東京や首都圏在住のアイヌの方々と触れ合うことができる場に赴いたり、本を読んだり音楽を聴いたりして、アイヌの方々のことを少しでも知ることができるように努めてきました。
こんなことは一つの例で、他にもこれに類することはいっぱいあります。
私が本をたくさん読みたいと思うのは、自分の知らなかったことを知りたいという根源的な欲求があるからなのでしょうね。
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