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小学校時代ずっと不登校だった著者・貴戸さんの歩み、彼女が自分自身を振り返って思うこと、等などを知ることができて、多少は不登校の世界?を理解することができたかなー。
とはいっても、一概には言えず一般化できないのが不登校の世界なので、軽々しく口にするのではなく、その子その子を見守っていくというスタンスから始め、信頼関係ができたなら、本人の思いを聞いていくーそんなふうに接するのがいいのではないかと感じました。
以下、本書よりー
《学校に行き始めた中学のころのことを、わたしはあまり覚えていない。記憶がないってことはあまり思い出したくない時代なのだ。思い出すに値しないということかもしれない。はっきりしているのは、世の中がいやでいやでしょうがなかったのは、学校に行ってなかったころではなくて、わたしの人生で唯一真正面から学校に向き合ってしまった、この中学の三年間だということ》
ー私にも、「あまり覚えていない」時期があります。それは高校時代。学校がイヤだったというわけではなく、家庭でも学校生活においても、個人的にイヤなことがいっぱいだったからかなーと、後になって思います。
詳しく書く余裕はないのですが、家庭では、両親の不仲に始まるいざこざ、学校(高校)生活では‘(大?)失恋’が影響しているのではなかろうか、と思っています。
《(大学の)授業で勧められた本を読んでみると、「あたりまえだからしょうがない」と思ってたいろいろなことが、ちっとも「あたりまえ」なんかじゃないことがわかった。「知る」ことによって、世界を見る目が変わる。そのことをじかに体験した》
ー《「知る」ことによって、世界を見る目が変わる》っていうことを、多くの若者たちに体験してもらいたいものですー。
《「純粋に自分の意志だけで選択することなんて誰にもできはしないのだから、自分の経験に一心不乱に責任を負おうとしなくてもいいのだし、生の気持ちを押し曲げてまで一貫していようとしなくてもいい、矛盾していてもいい」
授業で受け取ったメッセージは、そのようなものだ。ふっと力が抜けた気がした》
ーコチコチの頭がやわらぐ瞬間。私も若い頃はコチコチでした…。知るということと、年を重ねるということの積み重ねは、物事への「こだわり」を薄くしていってくれます。それにより、生きやすくなってきますー。
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