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《結局ひとは、言葉でわかっている範囲までしか、自分の気持ちを表現できないんだな。「むかつく!」って言葉しかなかったら、全部「むかつく!」になってしまうでしょう。
でも、「勉強ができるだけが人間じゃないんだとか言いつつ受験受験って大騒ぎする学校教育のウソくささ」とか、「自分にとってそうすることがよかったっていうだけで子どもにまで同じやり方を強要する大人たちの想像力のなさ」とか、そういう「言葉」の使い方を知れば、もっと現実に近い表現ができる。
そんなふうに「現実に近い表現ができる」ことのメリットは、ふたつあるんじゃないかと思う。ひとつは、自分がすっきりすること。もうひとつは、他の人もその言葉を聞いて、通じ合うことができるってことだ》
ー私は毎日書くと決めてからもう長くなりますが(現実には毎日は書けませんが、決めなとできる方向に向かっていきません)、書き始めてから自分の伝えていきたいことが明確になってきたように感じます。
他の人とも通じ合えるし、自分自身もすっきりするし、いいことづくめと言えると思います。
《学校に行きつづけた妹は、振り返って言う。
「なんで学校に行ったんだろう。あんなめんどくさくてサイテーなとこ、毎日毎日よく行ったよな」
わたしも、中学時代を思い起こせば、これとまったく同感だ。
これからの子どもたちは、タイムリーにそれを感じるだろう。子どもたちは、どんどんがまんしなくなるだろう。それは彼らがワガママだからなどではない。よく言われるように、彼らを取り巻く社会や家庭に父性が欠如してるためなんかじゃない。保守派の大人のアタマが考えつくような、そんな浅い理由ではない。
そうではなくて、がまんに値するだけの価値が、もう学校にないからだ。子どもは正確に直感し、冷酷に判断し、学校を見捨てるだろう。義務教育はなし崩しなるだろう》
ー私も中学校、特に札幌の新設校に転校した時が最悪の時期で、いまだに中学なんて大キライですから、この気持ちよくわかります。あのときもう少し勇気があれば?学校に行ってなかったかもしれないし、中3の時に転校してからイヤな目に遭っていたのであと1年間我慢すればと思い、行けたのかもしれません。
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