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●「“生きる”ということは、“独りで生きること”」?
岩渕青年は、雨宮さんが「フリーター」の人たちのために行動したり、熱心にデモに参加したりするのを見ても、「それで何かが変わるとは思えないし、助け合おうとも思わない。独りで(自立して?)生きていきたい」というようなことを言っていました。
もっとも、雨宮さんがその成果として、「派遣労働にも有給休暇がついたり」「派遣請け負い会社に差し引かれていたお金が戻って来たり」「寮費が1万円程安くなったり」したことを話すと知らなかったようで驚いたような顔をしていましたから、これから変わっていくのかもしれませんが。
いずれにしろこのような考え方が若者の間に広まっているとしたら、これも「教育の成果」であるように私には思えてしまいます。何でもかんでも「教育の成果」にしても意味がないことかもしれませんが、学校だけにとどまらない広い意味での「教育」と考えるとどうでしょう。
小さい頃から人と競争して勝ち残っていくか、さもなくば落ちて(堕ちて?)いくか、その二者択一しかないような形で育ってきているとしたら、「人に助けを求めるのはよくないこと」と思ってしまうし、周りも「自立(自律)して生きていくこと」のみを求め、それ以外の生き方はないと刷り込んでしまっている可能性はないでしょうか。
もちろん自立して生きていくにこしたことはありませんが、それしかないのだと(暗黙に)強制しているとしたら、何て窮屈な世の中なんだと私は思ってしまいます。
また、競争に破れ追い込まれてしまったら、もう生きて行く価値はないのだと信じ込んでしまう人もいることでしょう。
“「助けて」と言える人が大人”とも言えませんか?これを言うには多大の勇気を要することでしょう。でもだからこそ、“大人”と言えなくはないですか?「そんなことはない」と言うのでしたら、これからは「それが大人」という風潮を広めていったらいいではないでしょうかー。
私がこんな考えに至ったのは、いろんな人たちに助けられて来た実感があるからと言えるのですが、私が勝手に師事している?内田樹さんも同じ様なことを言っています。なにせ最新刊のタイトルは、『ひとりでは生きられないのも芸のうち』なのです。とても味わい深いと思いませんか?
●岩渕青年の今後に期待!
勝手に期待されても困るでしょうが、今後も上映会などを通して多くの人たちにもまれて(説教もされて?)いくであろう岩渕青年ですから、これからどのような映画を撮り、どう変わっていくか楽しみです。岩渕青年のみならず人は変わっていくものですし、あの雨宮処凛さんがいい例ですからね…。
こうしていろいろなことに思いめぐらせてくれた岩渕監督に感謝です。この映画は、少人数で見て感じたことを交換し合うような形もいいでしょうね。見た人それぞれ何かを話したくなるような映画だと思います。
また、今回の催しはさっぽろ自由学校「遊」が企画運営を行い、司会進行も若いスタッフが行ったのがよかったと思います。
●『勝手に絶望する若者たち』(新井千暁・幻冬社新書)
最近上記のタイトルの本を読みました。私が辿ってきた道はこういうことだった、と感じた部分を以下に抜粋します。
《若いうちからやりたいことを想定してしまうことほどつまらなく、またもったいないことはないのではないでしょうか。やりたいと思っていることを大切に温め、それに近づいていくような生き方をしながら、徐々に絞り込んでゆけばよいのだろうとわたしは思います》
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