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この本は、ランディさんが、「生きる意味を問う人たちといっしょに、わからないことをわからないなりに考えた、答えの出ない問いをめぐって交わした9人との対話の記録」ということです。
○死を想えば生きていることの重荷が降りるー藤原新也さんとの対話
○死者からのメッセージをどう読むかー内田樹さんとの対話
○太古の時代の生命観をITで復元できるかー西垣通さんとの対話
○ケアとは「ただ在ること」を肯定する体験ー鷲田清一さんとの対話
○「みずから」と「おのずから」の「あわい」を生きるー竹内整一さんとの対話
○大丈夫、一生かけて帳尻が合えばいいー玄田有史さんとの対話
○ヒロシマとアウシュヴィッツの体験からー森達也さんとの対話
○〈世界〉を経由して〈社会〉に戻るー宮台真司さんとの対話
○頭で考えない!からだに訊け!ー板橋興宗さんとの対話
●西垣通さんとの対話よりー
【数十万年前、われわれはどう生きていたか】
《西垣:大昔、われわれはどうやって生きていたのかというと、狩猟、最終をやっていたと思うのです。田口さんが調べておられる文化、たとえばネイティブ・アメリカンの文化とか、アイヌの文化とか、そのほかにもロシアのシベリアのほうにも狩猟民がたくさんいて、固有の文化をもっていた。そういう原型的生活は全部、潰されていったわけですよ。
日本でも、文字文明をもった人たちが大陸からわあーっとやって来て、大和という国を作ってしまって、もともといた連中は辺境の方に移動せざるをえなかった。その後、追い落とした人たちが都合のいい歴史を作って、そっちだけが残っているわけですよ。
田口:子どもの頃、邪馬台国の卑弥呼はなんであんなに汚い字を与えられているのだろうと思っていました。昔の王国の女王さまでしょう。こんな漢字があてがわれるはずがないじゃないですか。
これは別の文化の人たちがここを攻め滅ぼして、のちのちまでにどんなひどい国だったか、どんな卑しい女だったかを残すためだというのは一目瞭然じゃないですか。だから、立派な人がこんな漢字をあてがわれているのはなぜだろうと、子どもの頃から思っていたものです》
●卑弥呼という漢字を、私は汚いとまでは思ったことがありませんでしたが、なんか変な感じーとは思っていましたね。
「今残っているのは当時の為政者にとって都合のいい歴史」という観点は大事だと思います。
【システムに対して、道を説く】
《田口:日本人って不思議ですね…。
西垣:そこをうまく説明するのは難しいのですよ。たとえばね、車を作る、コンピュータを開発するといった製品開発の場面では日本人は優秀です。大事な部分を直感的に見抜く力がある。以心伝心でたちまち問題点を解決する。
欧米人はそういうことをしないで、いちいち理屈をつけたりするので、猛烈に効率が悪い。日本人はいい物を作るということに関しては抜群の素質をもっている。
ところが、原理論になるとからきしダメなんです。たとえばいま国立大学を法人化したのだけれども、じゃあ学問の自由はどうなるのか、なんて誰も議論しない。東北大学は学長選挙をやめたらしいけれど、ああいうことの意味は何なのかとかね、
そういう本質的な議論はやらない。波にながされていくのですね。ヒロシマの話もそう。大事な問題をきちんと解決できない。そこがわれわれの弱さですよね。原爆の問題も「大変でしたね」というだけで流されてしまう》
●「本質的な議論はやらず」「大事な問題をきちんと解決できない」のが日本人。
これを聞くと、現在噴出しているさまざまな問題も、なるほどなぁ、と妙に納得してしまいそうになります。
でも、「なるほどなぁ」ではなく、1つひとつ解決していかないとどうしようもないわけでー。そのためにはどうすればいいのか…?個々の考えを改めていくしかないか。
問題を出し切ったあかつきには、転換点が訪れるのかー。
※『生きる意味を教えてくださいー命をめぐる対話』(田口ランディ・バジリコ)
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