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以前ブログでもご紹介した、羽中田さんの本を読み終えました。
車椅子のサッカーコーチになる、それだけで大変なことですが、「S級(Jリーグの監督にもなれる資格)」を取得するというのですから、それはもう並大抵の努力ではないはずです。
この、誰もやったことのないことに挑戦する意欲はどこから来るのか、それを私は知りたいと思いました。
この本を読んで思ったのは、お金も仕事のメドも何もない、さらにサッカーコーチの勉強ができるかどうかすらわからないままに、「スペインへ行ってしまった」、この決断がすべてだったのではないか、ということです。
彼はスペインに5年滞在し、日本に帰国してからは、外国のサッカーの解説者の職を得、そして高校のサッカーチームでコーチとしての修行をし、「S級」取得へ向けて全力を傾けました。
その長い道のりは、お連れ合いのまゆみさんの協力と励ましなくては達成できないかったことでもあったのでしょう。
以下、本文よりー
《「俺たち指導者は理不尽でいい。理不尽でなければダメだ。
社会に出たら、子供たちは、もっと理不尽な目にあう。
高校三年間は人生のウォーミングアップだ」》 (高校サッカーの恩師の言葉より)
●このことは、私自身の子育てでも意識していますので、共感しました。
「父親というのは理不尽なところがあって然るべき」だと私は思っています。
子ども、特に男の子というのは、いつかは父親を乗り越えていくものです。父親はある意味大きな壁となって立ちはだかって、それを乗り越えるという体験を経ているかいないかで、その後の人生違ってくるのではないかと思うからです。私自身、父親を乗り越えたと感じた瞬間がありました(それは寂しい気持ちも共に味わうものでした)。
特に今の時代は、「いい学校に入っていい会社へ入らないとー」という親の思いで、子どもは勉強さえしていればいいという考えでいたりすると、壁を乗り越える力が育たないまま社会へ出ることになり、そこで茫然と立ち尽くすだけ、ということになりがちではないでしょうか。社会へ出ると、理不尽なことだらけですからね…。
私の父親も理不尽で、思春期を迎える頃から、「父親のようにだけはなるまい」と心に誓って育ってきたようなものです。憎悪の対象ともいえる存在でした。でも今振り返ると、それがバネになっていたんですねぇ。反面教師とはよく言ったもので、そういう父親であってくれたからこそ今の自分があると思えるのですから、人生本当に何がどうなるかわからないものです。
ただ、根底には「暖かかった家族の思い出」がありますし、幼少の頃にはよく遊んでもらった記憶も残っていますから、そのような時を経ていればこそ、なのかもしれません。
らくだ教材は、その人それぞれにとっての壁を乗り越える、それも自分の力で乗り越える、その繰り返しです。「壁を乗り越える力をつける」ためのツール、考えてみるとこんな教材は他にないのではないでしょうかー。
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