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○板橋興宗さんとの対談よりー【100年後に人類は滅亡している?】
《板橋:ある危機には、必ず人材が生まれますね。日本もそうですけど、それが生まれない国は文化的に滅亡となるでしょう。私は僧だから仏教関係だけで言っても、鎮護国家の朝廷のための仏教が、これじゃだめだと言って、高野山や比叡山のように山岳仏教になったんですね。それがどんどん役行者のようにあちこちで修行していたまではいいんですけど、それも一般化して堕落してきて、鎌倉時代になって本当に宗教が求められるところに、時代にふさわしい人材が輩出しました。
(中略)
今は転換期なんですね。子どもすらもこんな文明が進んで危ないと感じているとは。必ずそれに対する救世主みたいな人が生まれるのが、日本の今までの勢いだったね。
【どうせ型破りならとことんまで】
田口:今は、餓死する人もいないし、人が生きていくには確かに生きやすくなった。だけど、自分のだめさに気づけないんですね。さっき念仏を唱えるのは易しい行だというふうにおっしゃっていましたけど、あの念仏を唱えるという行の背後にある難しさというのは、徹底的に自分の存在の愚かさを自覚するということでしょう。
【ここまできたら頭で考えない!】
田口:規律が家庭になくなったから、じつは子どもは規律がほしいんですよ。たとえば少年院に入ってほっとするという子がいたりするんですよ。早く捕まりたかったとか。きっちりある正義とか、わかりやすい倫理の中に自分を組み込んで、自分を留めてほしいみたいなことを言う子も多くて、特に男の子は規律がない。》
●はたして「救世主」が生まれるのかどうかー。板橋さんは、田口さんの問いに、「それを自覚したあなたがなればいい」というようなことも言っていました。そうか、みんながみんな自覚して、自覚の輪?を広げていけば、それが「救世主」になるのかもしれない・・・。
「実は子どもは規律がほしい」というのはそうでしょうね。それぞれの家庭で自信を持って、「ウチのルールはこれだ」と言えなければ、子どもをしつけられないでしょう。その、「親が確固たるものをもつ」ためには、親自身が学び続けなければいけないわけですが、今の社会はそれをする「ゆとり」を持たせていないような気もします…。
以上、『生きる意味を教えてくださいー命をめぐる対話』(田口ランディ・バジリコ)を読んでー終わり。
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