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日本テレビ系列で日曜夜中に放送されている「ドキュメント09」で、お二人を取材したドキュメンタリー番組が放送されました。
以前このブログでも羽中田さんのことを書きましたが、1時間の拡大版のドキュメンタリーとして放送されるとは驚きでした。
内容は、羽中田さんが高校サッカー選手権で活躍し、将来を嘱望されていたときの映像から、交通事故で下半身不随になり失意のどん底にあったときの映像、そしてまゆみさんとの出会いから彼女の言葉に励まされての再起、Jリーグの発足に伴い高校時代共にサッカーをしていた仲間たちの活躍に触発されて指導者を目指すに至った経緯、スペインへの留学と苦悩と喜び、日韓共催ワールドカップ開催に伴っての帰国と日本で指導者へと歩む姿・・・
まさに、羽中田さんのこれまでの歩みが網羅されているようなドキュメンタリーでした。
数々の苦難と試練を乗り越えて、彼は昨年Jリーグ下部組織に属している香川県の「カマタマーレ」に、監督として迎えられました。そして1年間のリーグ戦を経て、徳島県の強豪を破っての優勝となりました。上のリーグとの入替戦には負けてしまったようですが、監督1年目にして大したものだと思います。
カマタマーレに監督として迎えられたのは、ここのオーナーが高校時代の羽中田さんの活躍と、それ以降の苦難の道をずっと注視して来られて、ぜひ自分のチームの監督にということで声をかけたのでした。将来のサッカー界を背負って立つ大器として期待されていた羽中田さんですが、その後の歩みも見つめ続けてこられた方も大したものだと思います。
●私が彼のことを知ったのは、彼がまだ韮崎市役所で働いていた時代、お連れ合いのまゆみさんとお仲間たちが主催した地域のお祭りに、ジンベの仲間たちの縁で呼ばれたからです。羽中田さんのことは、「サッカーで高校時代大活躍した方」と聞いてはいましたが、当時サッカーに関心のなかった私は、彼のことを知りませんでした。
羽中田さんのご自宅に仲間とともに泊まらせてもらったことはよく覚えていて、昔ながらの趣のある家だったと記憶しています。羽中田さんは仕事で遅く、ほとんど顔を合わせられなかったのではないかと思います。その後もまゆみさんとは、彼女が気功などに関心があることから、私も仲間を通じてお会いすることが何度かありました。
今回のドキュメンタリーで、彼女が気功やマッサージを学んでいたのは、羽中田さんの身体が少しでもよくなるようにとのことと、海外で暮らす際に彼にはサッカーの勉強に集中してもらいたいがため、「仕事」としてできるようにとの思いからであることを知りました。
●「今」のお二人の映像を目にすることができて、何だか私も熱いものがこみ上げてきました。
事故で下半身不随になった青年がサッカーの監督を志してから約20年、とうとうJリーグの監督資格を取得し、実際に下部リーグの監督になったのです。この先Jリーグの監督、さらには・・・ということも、現実として近づいているのですから。
あのとき羽中田さん宅を訪れてからの自分の身を振り返っても、いろいろあったなぁ…と思います。自分なりに「苦難の道」であったわけですがー。
羽中田さんはスペインに留学した際、入れるはずの指導者研修に、「実技ができない」ということで当初の話とは違って入れなくなりましたが、「目標は逃げて行かない」とのまゆみさんの言葉で立ち直り、正式には入れなくても自主的にその場に通い、やがて入学を認められたということでした。
そして彼は、実技はできませんが、ビデオを使ったりこれまで学んで来た理論をわかりやすく説明したりし、実技ができないことを補うに余りある指導をしているのではないかと私は見ていて思いました。
彼は常に、「上を向いて笑え」と選手に伝えているそうです。「笑うことができないチームは強くならない」とー。
まゆみさんは今も、カマタマーレのチームの選手を練習後にマッサージしたり、栄養補給のおにぎりを握ったりと、チームを常にサポートしています。
これからもずっと、私は羽中田さんを応援していきたいと思っています。いずれコンサドーレ札幌の監督として来てくれたら最高なんですが、雪の北海道は車椅子ではキツいかな?いや、札幌ドームですしそんなこともないでしょう。
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