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第6章 新しい時代における知的作業の本質は何か?
1 知的作業の核心である三つの作業 から
【最も重要なのは「問題設定」】より
《ところで、「受験勉強の弊害」ということが、よく指摘される。通常言われるのは、「暗記偏重」とか「詰め込み」ということだ。しかし、私はこうした批判は誤っていると思う。暗記や詰め込みは、学習過程において必要不可欠なことである(単語を覚えずに、どうして会話ができるだろう? 九九を暗記しなければ、計算は著しく大変な作業になる)。受験勉強は、暗記や詰め込みを否応なしに行わざるを得なくなるという意味で、歓迎すべきものだ。
受験勉強の真の弊害は、「問題設定の能力が鍛えられない」ことである。なぜなら、受験勉強では、問題は設定されているからだ。それを受け入れて、答を出すことを求められている。これに慣れてしまうと、積極的に問題を設定しようとしなくなる。それこそが問題だ。》
●「学ぶ」の語源は「まねぶ=まねる」ということはよく知られていることですが、それに通じる話かと感じました。「学ぶ」ことは結局「暗記」につながるわけですし、それをいっぱいやると「詰め込み」と言われるのかもしれません。でもその「詰め込み」の容量は、人によって違うはずですから、そこのところさえ考えれば例え「詰め込み」になったとしても、それはその人が学ぶ上で必要なプロセスになるのではないでしょうか。
後半部分は、単にやらされる勉強だけしかやってこなかったら、いざ社会に出てさまざまな問題にぶつかったときにそれを乗り越える力がつかない、という話に通じると思うのですが、いかがでしょうか。
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