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:『14歳からの社会学ーこれからの社会を生きる君に』(宮台真司、世界文化社)を読んでー2
2、〈社会〉と〈ルール〉ー「決まりごと」ってなんであるんだ? から
【タフな「エリート」の育成が必要】より
《誤解しないようにいうと、ぼくのいう「エリート」は、昔の日本社会で通用した「東大→官僚=自己実現」みたいなタイプの人間じゃない。「幸せは人それぞれ」のいまの社会で「それでも多くの人が幸せになれるルールがあるはずだ」と考えられるタフな人間のことだ。
バスの運転を考えよう。お客さん(大衆)は「とにかくできるだけ早く目的地(自分の幸せ)に着きたい」と思っている。運転手(エリート)はそれでも安全を心がけながらお客さん(大衆)の要求にこたえようとする。それには、専門的な知識と経験が欠かせない。
「幸せは人それぞれ」。都会には都会の、田舎には田舎の、エリートにはエリートの、大衆には大衆の、幸せがある。多くの人が幸せになれるルールを考えることがエリートの幸せだ。大衆は、専門的なことはエリートに任せて、それぞれ幸せになる道を考えればいい。
これは、長い目で見てぼくたちの「選ぶ能力」を上げる方法だ。民主制を否定するんじゃなく、うまく機能させるために、みんなで決めるんじゃなくて「エリート」が3つくらいにルールの選択肢をあらかじめしぼって、大衆に聞く。さもないと失敗をくり返しているうちに死んでしまう。
実例を挙げよう。ドイツでは小学校高学年の段階で、エリートになる学校に行くかどうかを決める。エリートにならないと決めたら、そのあと早い段階でどんな仕事に就くかを決め、専門的な訓練を始める。小学校高学年の段階で決めて、あとで選び直す子もいる。
多くの子どもはそこで決めた道を歩む。親や子どもは、絶えず選択に迷ったり競争したりする必要を、まぬがれる。いつまでもエリートを目指して競争するのは、つらい。だったら、さっさとあきらめて、あきらめたあとは自己を卑下せず、エリートを尊敬するのがいいー。
ドイツに限らず、イギリスでもフランスでも、エリートに任せて尊敬する文化がある。逆にいえば、エリートになれないことを引け目に感じない文化がある。社会学では、これを「階級社会」という。日本で「階級」というと悪いイメージだけど、社会学はそうは考えない。》
●高校進学90パーセント以上、そして大学全入時代。しかし、その中身は・・・。
いいかげん、この国も、「生きていく道は一本ではない」ことを前提にした教育システムに舵を切っていかないといけないと思うのですがー。
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