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《辻元:いま労働と子育てと教育のシステムがリンクするように話してきました。その根幹に家族があり、性別役割分業があることも。どれか一個を変えればいいのではなく、一個変えたらほかも連動して変えていかなくてはいけない。
上野:そうね、子育てと教育と労働とはセットで考えないとね。教育自己ローンは親子関係も変えます。つまり、教育を親の投資にしないということは、別な言葉で言い換えると、子どもを親の生産財にしないということなの。生産財というのは、それによって収益を上げるためのもの。投資は将来の回収をあてにしていますからね。
そうなれば、子どもは純粋な消費材になるから、「18歳まで私といっしょにいてくれてありがとう。育てさせてくれてありがとう」。それだけで必要かつ十分。親から子どもへ、それ以上の期待も負債も負わさないですむ。それに児童給付がつくから、ますます親は子どもに恩を着せることができなくなります。私は東大生を見ていてかわいそうでしかたがない、親からの期待の重圧にうちひしがれていて。あの重荷をちょっとでも軽くしてあげたいのよ。
スウェーデンでは児童給付は18歳まで。18歳以降、働きに出る子は働きに出て、進学する子は教育ローンを組む。それなら、親の負担はすごく減るよね。子どもを生産財だと思わずにすむ。
辻元:いっしょにいてくれてありがとう、という貸し借りナシの感謝の気持ちをもち続けられたら親の人生は変わる。いつか子どもは社会に「帰っていく」のだから、その後に自分が誰とどうやって生きていくかを、子育て中から意識せざるをえなくなる。教育への再チャレンジを通してチャンスを広げることになるよね。そして、そういう親の姿勢が子どもに伝わればいい循環が生まれるはず。自分の人生は自分に責任がある、だから学び続けるんだ、と。
上野:内心いちばんこわいのは、そのようなシステムが生まれたとして、いまの高等教育に、現場から生まれる教育ニーズを満たすに足るだけの、質の高い教育サービスを提供できるかどうか。いまそれが問われているわね。》
●「18歳まで私といっしょにいてくれてありがとう。育てさせてくれてありがとう」という意識を親が持つのはとても大事なことではないかと感じました。子どもに余計な重荷を背負わせることもないー。
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