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生活の地域完結性 より
《上野:仕事を選ぶときにも、短距離移動で通勤できるような職場を探すようになる。もともとパート労働の女性の仕事の選び方がそう。だって賃金が安いのに、移動コストをかけてまで職場に通うメリットがないから。
だからといって、地方志向は農業志向と同じではない。農業が職業として自立するのは一部の帰農者とか、ビジネスマインドのある一部の農業経営者たちに限られる。
将来ありうる暮らし方は、多角経営のマルチプルインカム。もはやシングルインカムでも、ダブルインカムでもなく、マルチプルインカムの持ち寄り家計。その一部に公的年金や公的給付があり、暮らしの下支えはするが、それだけでは十分ではない。
パートや有償ボランティアをしたり、パソコン教室の講師をやったりして、小銭をかき集めて、そこそこ年収300万の生活水準を維持すればよいと思う。それに家庭菜園をやって夏のあいだは野菜を買わずにすむとか、米は実家から送ってくるとかいう、現物経済と贈与経済が含まれる。
これって、非常に多くの日本人が、わずか半世紀前にやっていたこと。現物経済と贈与経済、つまりモノとサービスのやりとり。これが、けっこうバカにならない。たとえば、自分の口に入るもののうちの何割が買ったもので、何割がもらったものかと考えたら…。
辻元:もうすでに実践で、地域通貨が始まっているよね。
上野:地域通貨もあるけど、もっと泥臭い助け合い。もらって生きる。それも含めたマルチプルインカムで、そこそこ・ぼちぼちライフを維持していく人々が生まれてくるとしたら、それこそ地方の方が都市よりはるかに強いし、QOL(生活の質)も高いと思う。》
●「多角経営のマルチプルインカム」は、まさにわが家に当てはまります。
私も連れ合いも、常に仕事を2〜3かけ持ちしてきました。それで何とか家族4人の生活が成り立っています。家庭菜園をやる時間的余裕や土地もないのですが、これができればもっといいだろうなとも思います。でも考えてみれば、野菜や米などは時々親族や友人知人からいただいています。ここに「子ども手当」が加われば、もっとラクになりますが…。
将来的には、「べ−シック・インカム」に私は大賛成です。年金や保険などすべてを賄うかたちでこれに集積すればいいわけですし、実現可能性を研究する学者やグループ、それに政治家が増えていっているようですから、もう夢物語ではないでしょう。あとは国民の「成熟度」に委ねられるのだと思います。
私が札幌にUターンしてボケた父親との「介護生活」をしていたときは、父親の年金をやりくりして生活していました。その後父親が特別養護老人ホームに入所してからの数年は、ジンベクラス(アフリカンドラムの教室)で毎月道内5〜6ヶ所を回り、それこそ「小銭稼ぎ」をしていました。
その際私は「現物支給」でクラス参加費をいただくことが大歓迎だったので、農業を営んでいる方からは野菜や果物やチーズなどをいただいたりしていました。独り身だったこともあり、それで何とか生活は成り立ちました。
今は札幌から離れることがほとんどなくなったこともあり、現物支給でいただくことはほとんどなくなってしまいましたが、今でも現物支給があっていいのではないかと思っています。
私は将来の夢?目標として、らくだの月謝にしろ、ジンベの参加費にしろ、それぞれの方がそれぞれに負担できる範囲でいただけばそれでOK、現物支給でもOK、というかたちにするーということがあります。
そのためには、そうできるような基本的な生活の下地がないといけないのでしょうが、そこそこで生活していければそれでいいと思っていますし、人間的なつながりが多くある人こそが「幸福」なのだという思いがあります。
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