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以下、本文よりー
《雨宮:高校生のころです。いじめを受けたのは中学生のときで、そのときはコンパスの針で手を刺したりとか、リストカットではない自傷行為をしていました。いじめの遭っているときは感情を出さないようにしているので、表面上は精神的には問題がないように見えたかもしれませんが、本当は強迫神経症みたいな感じで、半分狂っていたような状態でしたね。
高校に入るといじめがぴたりと止んだので安心していたら、逆にそれまで封印していた怒りや悔しさの感情が爆発するように出てきてしまって、リストカットとか家出とかをしていましたね。そんなころに自分の受けたいじめと教育の問題なんかについても考えるようになりました。実は自分だけが悪いんじゃなくて、いじめの原因は教育のあり方にもあるのではないか、と。
そんな教育に対しての疑問が決定的になるのは、前回にもお話ししましたが、高校卒業直前にバブルが崩壊してからです。それまで「とにかく頑張ればいい大学に行けて、いい会社に就職ができる。それが唯一の幸せになれる道なんだ。そのために、いまの受験戦争を何が何でも頑張れ」と言われ続けてきたんですが、いくら頑張っても就職もできない社会状況になって、学校で言われ続けてきたことはまったく嘘だったんだ、と思わずにいられなくなった。
ひどいいじめが蔓延するなか、半分ノイローゼになりながらも受験戦争に邁進してきたのに、結局梯子を外されたような気持ちになったことが、のちに「学校では教えられない靖国史観」が腑に落ちてくる土台になったと思います。》
●私もエスカレーター式に大学まで行き、大学に入ってこれからの自分の人生を考えた時に、大きな疑問にぶちあたりました。そのとき雨宮さんと違って「右」へ行かなかったのはどうしてだったのか、と今でもたまに思います。
父親の共産党の活動には何ら関心がなかったと思っていますが、物心ついた頃から父親の言動を目の当たりにしてきたわけですから、知らず知らずのうちに、「右系の体質」(?)ではなくなっていたのかもしれません。
しかし、40代に入り家庭を持ち子どもを持ちの生活をする今では、左も右も関係なくその人それぞれの思想に共感できるかが自分自身の選択の基準になり、それまで見向きもしなかった?いわゆる右系の人の書物を読むようになりました。
雨宮さんの今の考えに私はほとんど共感していますし、「入り口が違っただけで行き着くところは同じ場所」の人は、世の中に多く存在しているのだと感じます。
人は回り道をしないと本当の自分のことはわからない、と思える今日この頃ですー。
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