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以下、本文よりー
《佐高:だから、雨宮さんの話を聞いて痛感するのは、弱い立場にいる者や強くあろうとしない者を認めず、蹴飛ばしてしまうという戦後民主主義の裏の実態です。私も教師だったから忸怩たるものがありますが。
強者の自立ということを疑わない教師たちが、雨宮さんの地元で言えば北海道教組という、ものすごく強い、名だたる組織でまとまっていた。そういう組合型の教育が、弱さへの着目ということを欠落していたために、深刻な現実を生んでしまったという感じもある。
ところが北海道教組は、その後ゴソッとまとめて「連合」に行ってしまうわけです。北海道知事だった横路孝弘が社会党から民主党へと変節したこともあって。民主党には西村真悟みたいな人もいて、自民党以上に日の丸・君が代に賛成する人もいる。それなのに北海道教組はゴソッと連合へ行って、民主党を支持する。学校の先生というのは変に真面目だし、組合型の発想に馴れてしまっているから、選挙になると組合の上からの指示に従って、当たり前のように民主党を支持してしまう。
だから私は北海道教組に呼ばれて講演に行ったときに、おかしいじゃないかと最初にぶつけたわけです。「日の丸・君が代に反対しているのに、なぜ民主党なんか支持するの?本気で真面目に反対していないということじゃないか」と言いました。彼らは個人の強さに憧れているわりには、組織からの指示に極めて弱い。日の丸・君が代に対しても、これまで組合という集団でしか反対してこなかったから、組合全体が連合に行くと、今度は民主党を支持するという話になってくる。
私が感じている違和感と、雨宮さんの感じている違和感は、どこかでつながっている感じがします。私の言い方で言えば、雨宮さんは組合型民主主義の矛盾をもろに引き受けさせられたのではないでしょうか。組合型民主主義教育というのは、システムのなかで蹂躙される一人ひとりの人間の弱さを、弱さのままに抱きとめるということをしてこなかった。
雨宮:そういう先生は一人もいませんでしたね。逆に弱肉強食を地でいくというか、競争を肯定しなければ存在を許されないみたいなところが、すごくありました。》
●私はこの佐高さんの文書を読んで目からウロコでした。私の認識、知識不足なのかもしれませんが、上記に記されたようなことには全然思い至ってなかったからです。
もちろんこれは佐高さんの論であり、これが真実かどうか私は知る術もありませんが、耳を傾けておく必要はあるはずです。
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