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【義務教育は何のためのものか】より
《どうして、親に子どもに教育を受けさせる義務が発生したのか。これは教育史をひもとくとわかりますけれど、‘子どもたちを親による収奪から守る’ためです。
私たちはもう「児童労働」というものを実感としては知りませんけれど、産業革命以来、子どもたちは労働力として消耗品に近い扱いを受けていたのです。》
《ですから、日本国憲法でも「義務教育」を定めた第26条のあとに、第27条3項では
「児童は、これを酷使してはならない」とあるのです。「義務教育」はつねに「児童労働の禁止」とワンセットになって存在する制度なのです。》
●「親から子どもを守る」ことが学校の歴史的使命であったという発想は、私にはありませんでした。が、考えてみれば、現代でも地球上で貧しいと言われる地域では、「児童労働」が通常のこととして行われています。
そしてそのような地域に「学校」ができれば、子どもたちは学校に通うことを最大の楽しみとして、目を輝かせて学習に励みます。
今の日本では、学校に言って学習するのが嫌だから居心地のいい家庭に留まっているケースがありますから、まるで正反対の現象が現代では起こっているわけです。
私は、親はある程度うるさくて煙たがられる存在でいてちょうどいいと思っているのは、このような観点があるからです。家が居心地よすぎると自立心が削がれることになりはしないでしょうか。もちろん、生まれてからある程度大きくなるまでの‘家庭の温かさ’が前提としての話ですがー。
思春期を迎えて親をうざったく思い、「こんな窮屈な家は早く出て一人で自由に暮らしてやる!」と思うような子どもであったら、ちょうどいいのでは…。
今度中2になるウチの娘は「中1時代は最高に楽しかった〜」と言う「学校大好き人間」?で、家では決められたルールをまま守らずに怒られてはふてくされ、「早く一人暮らしして好きな犬を飼いたい」とつぶやいています。
客観的に見れば「ちょうどいいくらい」の反抗期の娘ですが、当事者となり日々ぶつかり合うのは、なかなか骨の折れることです。自分もこんなだったよな〜と思うこの頃ですが、バランスを取って対処することは大変なことだなぁと思います。
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