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今ちまたでは、‘弁当男子’なる言葉が流行っているようです。私がよく聴くTBSラジオ「アクセス」や、UHBテレビ「のりゆきのトークde北海道」で特集を組み、その賛否?を聴取者・視聴者を交えて話していたので、私はその存在を知ることになりました。
このところの経済事情もありますが、弁当を持参する学生や社会人の男性が増えている、という話です。果たしてこのことはいいことなのか、否かーと言われても、いいも悪いもないと思うのですが…。
私の場合、母親が看護婦をやっており、中学高校時代は父親が単身赴任というかたちになっていたので、弟と二人交代で食事を作っていました。毎日の食材を宅配してもらうサービスを利用し、レシピにしたがって作ればいいだけでしたから、当然のごとくやっていました。
●孤独な‘弁当男子’…?
そんなこともあった上に、大学時代は食べ物屋でのアルバイト経験が豊富にありましたから、炊事に関してはお茶の子さいさいで、約7年勤め上げた(?)外資系証券会社にいるときも、当然のごとく弁当を持参していました。
最初のうちは、休憩室で一人黙々と持参の弁当を食べているのですから、女性社員の方々をはじめほとんどの方から「変わった人だな」という視線を送られていたように思います。アーク森ビルという当時テレビ朝日が入っていた東京赤坂の大きなビルに会社がありましたから、ビル内にも外にも、ありとあらゆる食べ物やがありましたし、弁当屋さんも周りに豊富にありました。
それに当時はバブルまっただ中で、アルバイトの私でさえ年に1、2回海外旅行へ行けるくらいの給与をもらっていましたから、正社員であればなおさら、ちまちました弁当(?)を持ってくるなんて、考えられないことだったでしょう。
そういえば、知人の紹介で当時雑誌『ぴあ』から取材を受けて、「弁当と私」の写真が載ったことがありましたっけ。
●気づいたら周りは‘弁当女子’?
でも、いつ頃からでしょうか、確か勤めて2〜3年くらい経った頃から、お昼の弁当を持参して来る女性社員が、一人、また一人、と増えてきたのです。そして気づけば、ランチタイムの休憩室は、弁当を持参してきた女性社員でいっぱいになっているではありませんか!
私はこの変化に本当に驚きました。今思えば、バブル経済も下降線を辿っていった時期と重なりますが、それほど給与が減ったという時期ではなかったでしょう。
いくらいろいろな食べ物やがあるといっても、毎日外食や購入した弁当では飽きがきたり、健康面でもよくないことに気づいてきたということもあるかもしれません。
このことは私にとってとてもいい経験でした。なにごとも、一人でも勇気を持って続けることの大切さを感じました。
●介護にも育児にも…やっぱり役に立つ‘炊事力’
その後私は外資系証券界社をやめて、友人の経営する小さなレストランで約1年働いた後、認知症(当時は痴ほう症)が進んだ父親と二人暮らすために北海道へUターンしました。認知症である父親の面倒をみながら暮らしていくことに不安はあっても、家事をこなしていくことに対する不安はありませんでしたから、これがすんなりできる体かどうかで、介護生活は違ってくるでしょう。
夕食時に、「これ、うまいな、甘いな(父親の言う「おいしい」は「甘い」と繋がることが多かった)」と言ってくれたときは、少しでも父親が穏やかでそして幸福感を感じていてもらえるための手助けができたことにホッとしたものです。
また、結婚後は連れ合いも働いており、私の方が在宅している時間が多いですから、夕食は私が作ることが多くなります。このときもまた、料理の準備、調理、後片付けなどをさっさとこなすことができるのは、私にとっても家族にとっても大きな力と言えるでしょう。
‘弁当男子’は、育児、そしてその後の介護においても、それまで培ってきた力を発揮する…はずです。それを考えたら、大いに増えていってほしいものですが、それにしたがって炊事をしない、できない女性が増えているとしたら、それは疑問に思います。どちらもそれなりにできると、幸福な家庭の土台となることでしょう。
しかし、人も家庭もそれぞれですから、それぞれの家庭に見合ったやり方で合意していればそれでOKなのは言うまでもありません。そういった意味では、外でバリバリ女性が働いて、家事育児に専念するような‘主夫’が増えていくとしても、人類全体からみたらバランスが整っていっていると言えなくもないかもしれません。
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