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[第8講 「いじめ」の構造]から 【「この問題は簡単だ」という人を信じるな】より
《「日本の教育制度を破壊してやろう」というような悪意をもって教育にかかわっている人間は一人もいません。ダッチロールする文科省だって、学校にクレームをつけて先生たちを苦しめている親たちだって、「教育問題を解決するのは簡単だ」と言って、さらに事態を抜き差しならぬところに追い込んでいる教育評論家だって、どなたにも悪意はないのです。‘純然たる善意によって事態をさらに悪化させている’。全員が善意で「教育をよくしたい」と望んでいるにもかかわらず、さっぱり事態は好転しない。これをまず認めるところから始めなければならないと私は思います。》
【われわれ全員が犯人】より
《教育再生会議に私が批判的なのは、「一気に解決できる方法」を必死に探しているからです。教育のような惰性の強い制度が不調になっているときに、短期的な解決などありえない。長期にわたる忍耐づよい継続的、多角的な努力がなければどうにもならない。そのためには「誰が犯人だ」というような他責的な議論は有害無益なのです。
そういうと、「では、あなたはどうすればいいと思うのか?」とみんな訊いてくる。さきほども教育関係の取材がありましたが、やはりインタビュアーは最期に「では、どうしたらいいんでしょう」と訊いてきました。私はこう答えました。「私は私の仕事をする。あなたはあなたの仕事をする。それしかないでしょう」。
教育の現状は私たち日本人全員がコミットして作り上げたある種の「作品」のようなものです。アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』といっしょで、われわれ全員が犯人なのです。全員が少しずつ犯人なのです。だから、全員が自分の犯した分について、自分がもたらした災厄については、それを自分の責任で取り除く。日本の教育を「こんなふう」にした責任について、自分の割り前だけ汗をかく。それに尽きると思います。》
●何事にも、「一気に解決できる方法」なんてないと思って生きていく方が、よりいい人生を送れるように私は思っています。
人はそれぞれのフィールドで、それぞれにできる限りのことをやっていく、それしか全体が幸福になる道はない…。
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