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《百マス計算の効用として、計算が速くなる、集中力を育てるなどと言われる。だが、集中力は百マス計算でなくても育てられる。子どもは好きなことをやっているときに集中する。
たとえば、鉄道マニアに時刻表を渡したら集中する。昆虫オタクに原色昆虫図鑑を渡したら集中する。個別に集中できる教材を与えれば必ず集中する。
でも、一人ひとりの個性を見極めるのは手間がかかるし、教材がバラバラになるので商売としてのうまみがない。その点、百マス計算なら全員に売りつけることができる。教師は楽できるし、教材を販売する側は儲かる。陰山氏に儲けようという商売根性があったとは毛頭思わない。けれども百マス計算で商売しようとした人たちがいたことは事実だろう。
すでにお気づきだろうが、この本では「百ます計算」を「百マス計算」と表記している。その理由は、何と、「百ます計算」が商標登録(!)されているからである。
「ゆとり教育」が批判されはじめた時期と百マス計算が世の中に登場した時期は重なっている。
「ゆとり教育」は本来的に「個別に好きなことをやる」というものだから、商売には結びつきにくい。「ゆとり教育」肯定の方向でカネを儲けた人はいない。
総合学習が始まったとき、総合学習関連本が数多く出版された。総合学習という新しい授業が始まるから、参考書が売れるだろうともくろんだ。しかし、もくろみ通りには売れなかった。総合学習では、各学校は、地域や学校、児童の実態に応じて、児童の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を生かした教育活動を行う。つまり、いろいろな学習テーマがあって、1つの本が売れるというタイプの教育ではない。》
《このようにゆとり教育、総合学習は多様性が基本なので、ヒット商品は出ない。画一教育にヒット商品は出るが、ゆとり教育にヒット商品は出ない。》
●「百ます計算」が商標登録される必要がどこにあるのか! 陰山さんが発明したものでもないのにー。
もっとも、陰山さんがこれで儲けようと自ら動いたわけではないのでしょう。これの問題集やら何やらを作るにあたって、出版社かどこかが利益を得るためにやらないわけにはいかないものなのでしょう。
ーと、理解はできても、納得する気にはなれません。
●それにしても、寺脇さんのご指摘は鋭い。「ゆとり教育」肯定の方向でカネを儲けた人はいない、と断言しているのですからー。
私はこれまでの自分の発言を客観的に見ると(?)、どう見ても「ゆとり教育」肯定派でしょう。そんな私がカネを儲けられないのも道理‥?
そして、「ゆとり教育にヒット商品は出ない」…。「らくだ教材」がヒットしない(全国的にブームを呼び起こさない)わけです・・・。いくらDSソフトになり、店頭に置かれても、その価値をわかる人はごく一部なのですから、「百ます」ソフトや「脳を鍛える〜」シリーズのように爆発的に売れることはありませんでした。もったいない話だなあ、なんて私は思ってしまいますが、何がもったいないことなのかわからない人がほとんどなわけですー。
そういえば以前寺脇さんにお会いした時、「DS売れてないの? らくだって商売ヘタだよねぇー」というようなことを言われましたっけ・・・。笑いながら肯定的な?感じでしたがー。
●でも、私には何だかスッキリ感?があります。らくだは個別性、多様性が売りなのだから、ヒットせず(メジャーにならず?)、これで儲けられない、というのは、その本質を物語り、その価値を高めていると解釈したいと思いますー。
だから、儲かることはなくても(早朝にアルバイトしながらでも)、この教材を「必要な人に手渡すことのできる」場を続けていくことは、私にとって使命でもあり、それは何よりやりがいのあることだと感じています。こんな人間が一人いてもいいんじゃない?と感じています。
もっとも、生活できなくなったららくだの教室を継続することもできませんから、生活していくだけの収入がないことにはどうしようもありません。
ただ、全国約50カ所のらくだの教室のなかには、1人で100人以上の生徒を集めている方もいらっしゃいます。この方の住む地域において、らくだは「メジャー」であり続けていると言えるのです。もしかしたら、特別な才覚を持った方が指導されているのかもしれませんが、私もこの方に追いつき追い越せという気持ちは常に持っていますー。
それになにより、この教材を必要としている子どもたちはたくさんいるはずです。その子たちに届けるのが私の役割ですから、それを掘り起こす作業はやっていかなければいけない「仕事」なのです。
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