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【低賃金が「かわいそう」なのではない】より
《日雇い派遣労働者で問題なのは、やりたくもない仕事をやらされていることや、仕事の継続性を持たせてもらえないことだ。やりたくもない仕事を一生懸命やり、昨日よりうまくできるようになっても何の評価もされない。正社員なら仕事ができるようになれば褒められ、給与・人事などの待遇に反映される。しかし、日雇い派遣労働者は周囲から「不足の労働力を補う作業員」としか見られておらず、働く意欲を維持向上させる満足感を得る機会がまったくない。
「ワーキングプアはかわいそう」という人たちは、カネの話だけに焦点を当てがちだが、はたして問題はそこにあるのだろうか。給与手取額が10万円しかないから「かわいそう」だと言うが、そうではないだろう。働く喜びは給与の多寡と必ずしも相関関係にない。考えてほしい。仮に月給100万円もらったとしても、毎日、朝から晩まで穴を掘り、ある程度掘ったらそれを埋め返し、終わったら再び穴を掘る…という不毛な作業をやり続けることは、はたして幸福だろうか。
江戸時代研究の第一人者である田中優子さんは、著書『カムイ伝講義』のなかで、貧しいとされる江戸時代が実は「いつでも仕事があり、汗水流して働き、多くの人が収入を得られるという豊かさ」を持っていたと書いている。その収入は少なかったろうが、幸福感は現在のワーキングプアより大きかっただろう。田中さんは「格差社会とは、自分の生まれ育った環境に拘束され、他の暮らしを想像できないようになる社会だ」とも書いている。
つまり、賃金が少ないことが「かわいそう」なのではない。労働の喜びを味わえないことこそが正されなければならないのである。》
●労働の喜びを味わえなくても、それなりの賃金を得ることができれば、幸福感はあるーかな?
でもそんな労働は長く続ける気力を失わせてしまうことでしょう。
私の場合、低賃金であっても、労働の喜びがあれば、きっと満足に暮らしていくでしょう。
ただそれは、生活をしていくに困らないだけの賃金でありさえすればです。
今はそのどちらも失っている人が多いこと、そのような社会に日本がなってしまったということが、大問題なんだと思います。
【体験することで価値観は変わる】より
《今後の対策として、厚労省が何かやるとしたら、若者たちに一部上場企業の正社員以外の職業がたくさんあることを知らせ、それらの職業への道筋を示すことだろう。たとえば、農水省と連携し、農業、漁業、林業への就業支援をすることもその1つだろう。職がないからそこへ行けではなく、自ら「やりたい」と感じる仕組みを作らなければならない。と同時に、その仕事で一本立ちして生活できるようになるまでの具体的支援の仕組を作る必要がある。
パソナ仕事大学校に来ている若者は、1週間程度の農業体験をするだけで大きく視野が広がる。現在はたまたま農業を体験しているが、もちろん漁業でも林業でも、あるいは福祉施設での介護の仕事でも、そのほかどんな職業でもいいから体験してみるといい。
そうすることで、いままで自分とはまったく縁のない仕事だと思っていたものが、実際には素晴らしい仕事であることに気づく。1週間の体験でも価値観は転換する。一部上場企業の正社員しかないと思い込んでいたのが、ほかにもいろいろあるのだと気づくだけの話だ。》
●さまざまな仕事に飛び込んでいく若者は、増えているのではないでしょうか。でもそのような情報は限られているかもしれないので、いろんな仕事で生き生きと働く若者たちをもっともっと紹介する媒体があっていいように思います。
以前、『THE BIG ISSUE』で、林業の現場に飛び込んでいった若い女性の記事が載っていて、大型機械を操る姿に結構驚きました。「へ〜え、こんな仕事をしている人もいるんだ」とー。
そうやって、自分の身近にいろんな仕事をする人が実際に増えていったら、「いい学校に行っていいところに就職する」ことだけが人生じゃなく、さまざまな人がいろいろな生き方をしていっていいんだと自然に思えるようになるのかな、と感じています。
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