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●「今でも学ぶことが好き。人生に疲れていない」
キーンレさんは、シュタイナー学校を巣立ち、大学に入った時に、「ただ単に事実を追っていくような授業についていくのがイヤだった」と言います。「学ぶ方法が違って、それに合わせるのが大変だった」とー。これを聞くと、シュタイナー学校でいかに毎日が創造的に学ぶための配慮がなされていたのかが感じ取れます。
キーンレさんのご両親は、キーンレさんが学齢期になった時にいろいろな学校を見て回り、「環境や雰囲気がよかった」ので、彼女をシュタイナー学校に入れることにしたのだそうです。写真を見せてもらいましたが、確かに自然に囲まれ落ち着いたいい雰囲気の学校でした。
キーンレさんは、自由であること、独立した思考であること、精神的な妨げを取り去ってそれぞれの可能性を伸ばすことを、とても大切に思っているとのことでした。これらのことは、シュタイナー学校で学んでいく中で感じ取っていかれたことなのでしょう。
そして、「人間は本来学ぶことが好きであり、教師はそのお手伝いをする存在。いつかは自分もそのような先生になりたいし、自分自身今でも学ぶことが好きだし人生に疲れてなんて全然いない」、このような自分でいられるのは、シュタイナー学校で学び育ったおかげではないか、とのことでした。
●しかし、先生はものすご〜く大変・・・
最後に、今回通訳をしてくださった方から一言発言されることを、村山先生から提案されました。
その方は、シュタイナー教育に関心を持ち、自分でもシュタイナー学校の教師になるべく、海外も含めたさまざまな場で学んでこられた方でしたが、今は札幌で臨床心理士としてオフィスを開いているのだそうです。
その方は、シュタイナー学校の先生たちの大変さを間近に知り、方向転換していくことになったのだそうで、私は驚きました。日本でもアメリカでも、シュタイナー学校の先生たちの疲弊ぶりは大変なものであり、それは経済面にも及んでいるとのことでした。
私は、日本においてはそうだろうなと想像していましたが、外国でもそうだとは知らなかったので、少々驚きでした。
クラスは家族のようなものかもしれないと記しましたが、ということは、そのまとめ役であろう先生たちは、仕事と生活の区別がないような日常を送っているのかもしれません。これらのことをもっと詳しく聞くことができればとも思いました。今度はこの方をゲストに、この方が学んでこられたことや、なぜ方向転換したかについて、等などを深く聞く機会があればいいな、と私は思いました。
●シュタイナー教育から学び、地域に還元すること
以前私はブログで「シュタイナー離婚」をしてしまった友人のことを書きました。
そこで言いたかったのは、「自分の家の近くにシュタイナー学校があって、費用が高くつくものでなければ、自分の子どもをそこに入れるでしょう。でも現実的にその可能性はほとんどありません。子どもが小さなうちから家族離れて暮らしてまで‘いい教育’を追い求めていくのは、どこか違うのではないでしょうか」ということでした。
この考えはやはり変わることはありませんでした。シュタイナー学校がいいものであり、そこから学ぶことはたくさんあることを知った上で、多種多様な人が集まる場でこそ子どもが身につけられるものがあることを信じて、地域の学校を応援していくことこそ自分の進むべき道だと思います。
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