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寺脇さんは会場からの質問に答えて、「最近の若者は…」と批判が集まるのはなぜかというと、大人の側に自信がなくなっているから、と述べていました。
また、「ゆとり教育」による人間像はどんなものだったのかと問われて、「人間像は考えなかったけど、社会像は考えた」ということで、以下のように答えていました。
「いずれ経済成長には限界が来る(2008年に来た?)。その時に生き抜いていく力をつけるにはどうすればいいか。今の時代を生きている親や先生にはわからない、想像がつかない世界を生き抜くには、より自分のやりたいようなことをやれる、その余地を作っておくことが大事」とのことでした。
だから、小学1、2年生で農作業体験もするし、男子でも家庭科教育を受けているので、料理、育児、介護などの知識も習得している。前の世代とは違う、考えられないことをやっているのが「ゆとり教育」なのだから、それがわからない大人から批判が集まってもある意味当然かもしれないとのことでした。
それらをまとめると、「虚心坦懐に人と付き合う」「ありのままにみる」「自分から一歩踏み出す」ことだとのことで、私はあらためていわゆる「ゆとり教育」の理念を聞いて、私が大事にしている部分とほとんど同じことであり、実に大事な、そして一歩進んだ理念だと思いました。
「みんなちがってみんなOK、と考えることができれば、経済成長が止まっても生きられる」、これは今の時代状況にまさにぴったりの考え方ではないでしょうか。十数年前、寺脇さんををはじめ教育改革に携わった方々は、日本の行く末を論じ、まるで今の時代が来るのを予想していたかのように(していたのでしょうね)、教育の方向性を決めていったわけです。
そして、受け入れられていくはずだったこの改革が、小泉内閣登場と機を一にする時代の波に翻弄され、「ゆとり教育イエスかノーか」という極端な(わかりやすさ第一の?)論調になり、深く本質を論じられることなくかき消されていった、そう私は思っています。
でも今、その予想された?経済成長の止まった時代になり、再度この国の行く末とともに「教育」を語っていかなければならないのではないか、と強く私は思います。
●「語り場大学」のこと
寺脇さんは、新しく「私塾」として、「語り場大学」という、著名人をゲストに招いて徹底討論する場を定期的に開催していくそうで、これができるのをとても楽しみにしていました。寺脇さんのやっていきたい「社会教育」の一環だそうです。
最近のブログで、第1回目の語り場大学に、100人を超える若者が集まり、熱い討論をしたことを知りました。
私もこのような場を開いていくのが一つの夢というか目標でもあります。それにいつか寺脇さんを呼ぶことができればな、とも思っています。
ーおわり。
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