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宮台ー
《僕ら世代ぐらいに比べて、いまの大学生世代は、早期教育や英才教育を受けてきた者が圧倒的に多いのに、昔から同じ偏差値ランクを保つ大学の学生をみると、こんなにも学力が落ちてきている。これは第一に、早期教育や英才教育が無意味であること、第二に何か別の重大な要素があるだろうことを、示します。
学力が落ちてきているというのは、いわゆるテスト学力のことじゃなく、文系にしろ理系にしろ、昔のゼミの水準を保てなくなっていることです。実際、首都大学東京(旧・都立大学)の人文・社会系(旧・人文学部)は、僕が赴任して15年、偏差値が相当あがりました。にもかかわらずーいや、それゆえにかもしれませんがー学力が落ちているんです。
それで僕が入試管理委員会にいたとき、「テスト学力を習得するための機会費用が大きくて動機づけとタフネスとコミュニケーション能力の習得が犠牲になっている可能性がある、偏差値が高すぎる学生をとるのは危ないから偏差値60から65くらいの受験生だけ優先的に入学させるほうがいい」と主張したことがあるほどです(笑)。
むろんそんな選抜は公正さを弁証できないので無理ですが、いずれにせよ日本の大学の場合でさえ、入試偏差値に関連するテスト学力が高いことと、大学生のゼミなどでの学力が高いこととのあいだには、あまり関係がない。特に偏差値65以上の大学については、小・中・高で英才教育をしても、資するところはないどころか、明白に有害だと思います。》
宮台ー
《それを改善するには、「新卒一括採用」という日本的慣習ー入社を一律のイニシエーション(通過儀礼)のように見なす慣行ーをやめる必要があります。もうひとつ問題があります。大学入試の形態は、それが小中高や予備校での教育のありかたに影響を与えるかぎりで重要なのであって、そこが変わらずに入試形態だけが多様化してもダメです。
あと、知られてないけど、昨今の大学生のあいだには、学力試験を受けていないってことでAO入試入学者に対する差別が存在するんですよ。それがAO入試で入った学生たちに「俺はAO入試だ」というネガティブなアイデンティティを植えつけています。AO入試という定員枠をつくったことで生じる「負のラベリング効果」があるんです。》
神保ー《卑屈になってしまうんですね。》
藤田ー
《これまで、東大京大をはじめとする国立大学は、入試を前期・後期と二回実施してきましたが、最近、後期日程は効率的でないといって廃止・縮小する動きが広まっています。手間をかけるわりにいい人材が確保できないというのです。
これは実に皮肉なことです。みずから学び考える力や創造力や知的好奇心が重要だとか、国家的なエリートや科学技術分野の英才を育成しなければならないと言っている人たちが、センター試験や二次試験で点数の高い人、つまり偏差値の高い人を入学させようとしているんですから。》
●やっぱり「新卒一括採用」という日本的慣習を何とかしないことには、小中高の教育の抜本的改革なんてなされるはずはないんですね。今のご時世、「新卒一括採用」なんて崩れてきているようでいて、他者より一刻でも早く「有望な人材」を確保するために根強く残っているのでしょうか。
「みずから学び考える力や創造力や知的好奇心」を身につけさせるにはどうしたらいいかーそれが問題です。
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