さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

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 [義務教育と強制教育は違う]から
 【ついてこないとたいへんだぞという脅し】より

《義務教育を普及させる時代に、教育関係者は「学校に来ないと将来はたいへんなことになるぞ」と、脅しに訴えてでも、子どもを学校に来させた。
 その脅しというのは、次のような教育哲学である。こんなようなことを、先生たちが話のはしばしでいうのである。同じようなことをけっこう言う親たちもいる。

 学校に来ないことは、人間としてあるまじきことである。病気と忌引き以外には、決して許されない。学校に来ないことは、たいへんなわがままである。そんなわがままを許したらその子がまともな人間ではなくなり、将来が破滅する。学校に来ないなら、その子はまったくの無知無学のままであり、人とつき合う能力も育たず、常識も育たないであろう。社会の落伍者となるであろう。学校にもいささかの問題はあるかもしれないが、そのくらいは我慢する力をつけなければいけない。我慢して努力することがなによりも大切なことなのだ。そうでないと、その子は社会で生きていけなくなる。

 すべての先生が言うわけでもないし、言う先生でもこれだけいっぺんにまとめて言うわけではない。しかし、子どもの中にはこのような総計ができる。
 すくなくとも私は、学校でこのような教育哲学を刷り込まれた。どんなに学校がいやなときでも、恐怖におびえて学校に行った。

 この教育哲学は、学校に子どもを来させ続ける効果がある。しかし、もしも子どもが現実に学校に行けなくなった場合には、たいへんな事態を引き起こしてしまう。子どもが自分が世の中で生きていけないのだと思い、自分を責め続けて、奈落に落ちていくのである。
 親もまた、この教育哲学を刷り込まれて育った。それで、自分の子どもの不登校に直面したとき、大きな恐怖と不安に襲われる。

 この教育哲学にはデータの裏づけがない。就学義務の法律がまずあって、子どもをどうしても来させるために生まれた教育哲学であろう。ようするに、子どもが休まないように大人が気軽に牽制球を投げているのである。この教育哲学は、生徒側にも信じ込まれた。つまらなくてつらい学校であっても、この教育哲学を信じれば、学校が意味のあるものになる。

 不登校やホームスクールで育つ子どもたちが増えているので、学校に行かなくても子どもは育つということは幾多の事例が証明している。学校には多くの長所があるが、学校に行かないことは、社会的生存そのものまで危うくするものではない。

 脅しに訴えて吹き込んだことは、恐怖や固定観念になる。義務教育に関して、「なんとしても行かせなければ子どもが破滅する」ということが広く信じられている。
 固定観念があると、実情を見ない。パニックと、嘆きと、責め立てばかりが空回りする。》

●学校に行かないことに対する「固定観念」は、ほとんどの方が持っていることでしょう。私も小さい頃からずっとそのように刷り込まれ?、学校に行かないという選択肢があるなんていう発想は、いい大人になるまで知りもしないことでした。

 でも、時代は変わり社会も変わりました。だったら教育に対する考えも変わって然るべきでしょう。
「この教育哲学にはデータの裏づけがない」「学校に行かないことは、社会的生存そのものまで危うくするものではない」という言葉は、世の親御さんたちを安心させる言葉だと感じます。

 だからといって私は学校をすべて否定するわけでも、行かない方がいいと言っているわけでもありません。自分の子どもが学校に行かないこと自体を問題視しません。でも、学校に行っていたら必然的に自然に培うことができる力を、家庭のみで賄うことを考えると大変です。余分なお金もかかってきます。

 例えば運動面。学校に歩いて通ったり体育をしたり、友だちと遊んだりすると、成長期に必要な運動量の多くをカバーできます。学校に行かないで家にいることが多くなると、それらのことを全くしなくなりますから、いかにカバーするかは結構大変なことです。体を動かさないと精神的な面にも影響が出て来ることもあるでしょう。

 共に行動したり遊んだりする友だちがいなくなってしまうとしたらこれも問題ですし、ネットの世界にはまり込んでしまうこともあるでしょう。先生や学校内外で出会う「第三者的な大人」と出会いコミュニケーションしていくことも大事なことです。家にこもってしまうと、そのような大人との接触が全くなくなってしまう場合もありますから。

 それと通常は、学習面で困難を伴いがちなので、塾に通うかフリースクールに通うか、いずれにしろ出費を伴いますし、親子でそれらのことを考えていくのは結構な労力を伴います。家で四六時中顔を合わせてしまう状況にあるだけで、お互いストレスを感じてしまうことにもなるでしょうし。

 親は子どもが学校に行ってくれていたら楽なわけです。毎日の昼食のことまで考えていかなければいけませんからね。

 ただ、そうなってしまったとしたら、嘆いてばかりもいられません。今の状況が「負」だとしたら、これをいかに「正」の状況に転化し、「学校に行っていないからこそ培われること」を作っていくか、それが大事ではないでしょうか。
 それらはきっと、「家族のつながりを深めること」なしにできないことだと感じますし、それをするための時間を神様が与えてくれたーと、大げさかもしれませんがそう考えてもいいのではないかと私は思っています。

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