|
【将来の心配】より
《保護者側は、うちの子に合った教育を提供してほしいと思い、またみんなと同じにしてほしいとも思う。そこで、学校がなにもしないでいると「画一的だ」という批判が起こり、なにか別の教育を作ると「差別だ」という批判が起こる。
それは、年齢ごとに一本の列車しか仕立てない、という構造を変えずに、ついてこれない場合にその列車に乗らなくていい措置だけを作るからである。「無理しなくていいよ」と、途中駅で降ろされてしまうようなものである。そのため保護者側に、「将来を閉ざされてしまう」「切り捨てられる」という恐怖が生じる。
もっと具体的に言えば、小中学校で皆と同じに勉強させてもらわないと、後で再履修できるチャンスがないのである。それは、進学の可能性を閉ざされることでもある。
欧米諸国にはたいてい、何歳になっても義務教育の内容を無料で教えてくれるシステムを作ってある。そのようなセーフティ・ネットが日本にないためである。
義務教育と脅す教育とは、まったく別のことである。》
●「脅す教育、脅すしつけ」…何の疑いを持たないまま、あるいは、おかしいとは思いつつも他にどうしたらいいかわからないため、そのようなことがまかり通ってきたのでしょう。私もそうですがー。
もうそのようなことはやめにして、「大丈夫、いつからでも学ぶことはできるし、それによってあなたが持っている力を引き出すことができれば、あなたに合った生き方をしていくことができるよ」と伝えていきたいし、そのような社会にシフトしていかなければー。
「欧米諸国にはたいてい、何歳になっても義務教育の内容を無料で教えてくれるシステムを作ってある」…なぜ日本にこのようなシステムがないのかー。「夜間中学」はあるけれど、どの地域にもあるわけではないし、もっと手軽に利用できる「セーフティ・ネット」がないこの国は、やはりどこか欠けている。
だから、その肩代わりのような役割も、私のところに回ってくる。それは果たしていいことなのかー。私は私にできるだけのことをしていくだけなのですが。
|