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[入試のない国オランダ]から
《オランダでは、私塾も予備校も存在していない。入試のための勉強という考え方もない。ギムナジウム(大学進学コースの中等教育学校)に在籍する生徒の教科書を見せてもらったことがある。あまりに高度なことをやっているのでびっくりした。日本だったら、大学で教えている内容である。ようするに、日本だったら入試問題に対応するために使うエネルギーを、先の勉強へと振り向けているのである。
ヨーロッパ型の中等教育は、昔は、小学校を終えたところで、進学コースと職業コースに振りわけていた。1970年頃から、これに対する批判が高まり、各国で改革が進んだ。オランダは、もっとも柔軟なシステムを作った国に入るだろう。
オランダ型だと、生徒にとっての中等教育は、年月をかけて、自分の適性を探していくシステムになる。本人の希望、能力と、社会からの要請が調整されやすい。
オランダの人が言う。「われわれだって、30年前は、振りわけるだけの教育をやっていたんですよ」。》
●「振りわけるだけ」の教育をやっていたオランダが、30年をかけて、「自分の適性を探していくシステム」に変えていったという事実に、日本ももっと学んでほしい…。
[人材資源乱獲型システム]から【変えにくいシステム】より
《受験制度の話をすると、それがすばらしい人間を育てているから積極的に維持しようという意見には、出会わない。賛成論のほとんどは、「それが現実だから」という消極的な理由である。いっぽう、弊害論はいくらでもある。しかし、だれも改革を起こせない。
「成績順に上から何人」方式は、漁業で「自分のところさえ取れればいい」と乱獲するのとよく似ている。乱獲しているうちに、資源が枯渇してしまうのである。人材資源乱獲型による資源枯渇と言ったらいいであろうか。
人間は、自分の才能を発揮できる仕事と、心の通い合う社会生活と、自由な精神を必要としている。教育がその手伝いをしてやらなければならない。しかし、現在の競争教育のあり方だと、自分にレッテルを貼って身売りするしかない人間を大量に育ててしまう。》
●「人間は、自分の才能を発揮できる仕事と、心の通い合う社会生活と、自由な精神を必要としている」
ーこの定義づけは、根本的な深い考えだと思いました。子育てにしろ何にしろ応用できるのではないでしょうか。
「自分にレッテルを貼って身売りするしかない」という表現も、まさにそうだ、と感じました。
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