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【いつでもどこでも無料で学び直せる道を】より
《現実の制度は、高校、大学へとしゃくり取れる生徒をしゃくり取ると、後はほったらかしである。ところが、中学、高校をなんとなく過ごしてから、後で知的に成熟してくる人たちもたくさんいる。
進学塾タイプでない私塾をしていたら、いろんな需要があることに驚いた。その一つに、高校を終えていったん社会に出てから、ほんとうに勉強したくなった人たちがいる。
ある20歳を過ぎた青年が言う。「いつまでもフリーターみたいなことをしていてもしようがないから、ちゃんと技術を身につけたいんです。子どもの頃から、電気に興味がありました。大学か専門学校に行って、資格を取りたいんです」
それはすばらしいことだと、とりあえず教えてみた。彼は、理解力もあるし、やる気もある。どうして、この人が高校まで授業がさっぱりわからなかったのか、と首を傾げたくなる。
教えるのはオームの法則からである。比例と反比例も必要になる。オームの法則は、中学校でだれでも習っているはずだが、実際は「なんだったっけ、それ」の人が多いだろう。彼もその一人だった。
中学校まででつまずいている人たちは、なかなか学び直す手段がないものだ。予備校に行こうかと思っても、行くだけの学力がない。予備校は、懇切丁寧が売り物のところであっても、高校の基礎くらいはマスターしていることを前提としている。また、予備校はお金もかかる。
自習しようとしても、なかなか適切な教材が見つからない。というのは、教科書で勉強しようとしても、教科書は、授業のためにできている。とくに、練習問題の答えがついていないことが自習には致命的である。いっぽう、市販の参考書と問題集は、ことごとく入学試験や中間・期末試験対策のものである。わかりやすいと謳ってある本でも、すぐにひねった問題にぶつかってしまう。イロハから学びたい人が手を出すと、自信喪失して終わってしまうことが多い。
小学校や中学校からやり直さなければならないレベルだと、意欲があっても手段がないのが日本の現状である。
この青年のために継続して教えたかったが、彼も仕事を持っていたので、時間の調整がつかなかった。せめて自習しやすいテキストを紹介したが、それはマシというだけであるから、続けられているかどうかはわからない。
しかしながら、この青年の意欲に道がつかないなら、憲法違反である。憲法第26条は、すべての人が能力に応じて「教育を受ける権利」を保障している。学びたい青年は、社会の宝ではないか。交通の便のよいところに、気軽に義務教育を無料で学び直せる教育機関を作っておくくらい、難しくない。カルチャーセンターの一種として作れば学校規格に従う必要はない。正規の学校を一つ作るよりは、ずいぶんと安上がりだ。落ちこぼれ対策にも、ニート対策にも、失業対策にもなるではないか。
スウェーデンが「いつでもどこでも無料で」を掲げて、生涯教育のシステムを作っていった。日本も中教審が生涯教育の理念は言っているのだが、あまり具体化してこない。最大の理由は、教育を国民1人ひとりの権利として確立していないことである。お役所が面倒臭がるとそれまでになるのである。》
●「自習しようとしても、なかなか適切な教材が見つからない」…やはりそうかと思いました。それぞれに人が、それぞれのレベルから着実に学んでいけるような教材もシステムも、今の社会にはなかなかありません。それを補い得るのがらくだ教材なのですが、それを周知してもらうにはまだまだ時間がかかるでしょう。
民主党は、「教育クーポン」のようなことを考えてくれないでしょうか。自分の子どもに学ばせたい、あるいは自分自ら学びたい場や教材があったら、そこで必要な経費を国が負担するようなシステムが整っていれば、多くの人が救われるはずです。それぞれの人が自ら選ぶのですから、それぞれの人にとって相応しい場に行ったり教材を得ることができるのです。
システム的にこれ以上ものものはないと私は思うのですがー。各教育機関が、選ばれるに相応しいものとならなければ生き残っていけないんですから。
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