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【学力の現実】より
《中学卒業の時点で、義務教育の内容をだいたい自分の教養にしたな、と言えるのは上位3〜4割程度である。ちょうど平均の成績の子は、落ちこぼしている。なにかが根本的に間違っている。
競争させているうちに、全体が地盤沈下するのだと思う。
実際に教えていると、よく事情がわかる。「こことここができていないから頑張りなさい」という指導でも伸びるのは上位層だけである。中下位層は、「できた、わかった、ほめられた」という体験をたくさん積ませてやらなければならない。ところが、中学校の現実は「またできなかった、またわからなかった、また恥をかいた」という体験をたくさん積ませてしまうのである。彼らにとって、教科書も先生の説明もわからないことだらけ。できる子の存在はまぶしく、自分はくすんだ存在である。彼らは、的確な知識や技術を欠いたままやみくもに頑張る。あせりやすく、挫折しやすい。
学力テストやアンケート調査なんかやっても、実情がわかるものか、と思う。オフィスにいる人たちが数値化されたものをもとに方針を出していたら、方向を誤る。実物があるのだから、実物を見なければいけない。》
●「また恥をかいた」というのは、キツいですねぇ。でもやはりそれが現実、学校には「恥をかきに行くだけ」という子どもたちは少なくないのではないでしょうか。「できない」ことを恥とせず、「じゃあできるところから始めていこう」と言えるような教育が行われていけば、ずいぶん違ってくると思うのですがー。
【フィンランドの競争でない学力】より
《勉強が遅れた子に限らず、フィンランドは教育を受ける側の事情によく対応している。障害児のためには、いろんな種類の特別な教員をつけている。外国人の移民の子どもたちのために、母国語の授業を無料で提供している。これらは、ずいぶんと人件費がかかっているはずだ。財政難で、学校の統廃合の問題が起こっている市でも、特別教育は維持していた。法的な強制力が働いているのだと思う。
さらに言うと、オランダの教科書もよく発達していた。基本的には自習タイプの教科書であり、「早く終わってしまった人はここを」というような分岐がしてあって、それぞれの子どもに合った学習ができるようにしてあった。これだと進度が違っていても、クラスを分けないままでやれるのである。フィンランドだと「遅れている子は後で個別に面倒を見る」方向だが、オランダだと「違う進度の子も、いっしょのクラスでやれる」方向に発達している。》
●オランダの教科書は「基本的には自習タイプの教科書」であるということにビックリです。「それぞれの子どもに合った学習ができるようにしてあった」とは。どんな教科書なのか実に興味があります。諸外国ではずいぶん進んだことをやっているんだなぁ。日本もこういった国の教育に学ぶ必要があるでしょうにー。いつまで同じことをくり返しているんだろう・・・。
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