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●インタビューゲームから数週間が過ぎ、そのとき言葉足らずだった考えを、今こうしてまとめてみようと思ったのは、その後の展開があったからです。以下に、Kさんと私と出会うことになった経緯を、Kさんから伺った話も含めて記してみたいと思います。
Kさんは、ドメスティック・ヴァイオレンス(DV)等により、シェルター(避難場所)にかくまわれた女性およびその子どもさんたちのケアに長く携わってこられました。まず安全な場所に女性たちをかくまって、心身の傷を癒すことが第一になると思います。
次の段階は、住む場所と仕事です。子どもさんがいる場合も多いですから、いかに生活費を稼いでいくかということが大きな問題となります。もちろんその前段階として、生活保護を受ける方も多いでしょう。住む場所と仕事の確保に協力することになるでしょうし、仕事の経験がない方にはトレーニングの場も紹介していくことになるでしょう。
今まではそれでKさんたちの「仕事」は終わり、というか、手いっぱいだったはずです。しかし、そのまた次の段階にしなければいけない「仕事」として浮かび上がってきたのが、子どもたちへのサポート、特に「学習援助」でした。
シェルターに避難して来た場合、子どもたちは、何週間も学校に行かないで、それこそ「身を潜めて」暮らしていなければならないような時期があります。また、例えば道北の町から札幌に来るなど、全く知らない土地で新たな生活を築いていかなければならないケースも多々あります。
そのような子どもたちは、学習面で学校の進度から取り残されて当然ですし、シェルターに来る前の家庭生活において十分な学習環境にないケースが多いことでしょう。
そのような子どもたちが学校に行くことを再開した時(転校生として新たな土地の学校に通うケースもあります)、学習面でのハンデを背負っていたとしたらどうでしょう…? ただでさえ不安定な心にますます不安が重なって、学校に行くことも学習をすることも重荷になっていくことは少なくないのではないでしょうか。
中には学習面での意欲が衰えていない子もいるでしょうが、ハンデを背負った中で適切なケア(例えば遅れている面を個人的に見てあげることなど)がなされなければ、せっかくの意欲も萎えていってしまうことにもなるでしょう。
Kさんは、「子どもたちへの学習援助」をいかにしていけばいいかを考える中で、私およびらくだ教材のことを知っている知人を通して、私のところを訪ねて来られました。その時までに、7カ所の個人や塾を訪ねて来られたとのことでしたが、どこもシェルターに避難して来た子どもたちへの学習教材作成を引き受けることができるような話にはならなかったとのことでした。「できることはお手伝いします。」と言ってはくれましたが、具体的な援助をお願いするにも、それが見えにくいものだったそうです。
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