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【第二章 私たちは使い捨てじゃない】より
すべてに人が使い捨てという寂しい社会、
心理学でも、空気を読んでも、解決しません。
世界の構造を見る目が必要なのです。
[日本社会の崩壊の原因]
私は断言したいと思います。私たちが抱える問題のいちばん根本にあるのは、日本社会が、社会の中での信頼というものを失ってきてしまった、そのことに原因があるのです。
【第三章 評価が、生きることの最終目標か】より
いい評価を得ることが人生の目的ではありません。
問題は評価の後に何をするかです。
自分の実力をどのように活かしていくのか、
意識と行動の両方が大切なのです。
[評価をうまくつかうか、悪くつかうか]
《しかし、そうやって「あなたは素晴らしい」と言ってくれる本を読んで、ひとときは「私は素晴らしい」と思えるのだけれど、その「効果」が長続きせず、また別の本を読み、講演やセミナーに行き…、といったように、ぐるぐると同じところを回り続けている人も少なくありません。どうしてでしょうか?
それは自分が求めているものが「評価」だからです。「あなたは素晴らしい人だ」、という評価が欲しい。「自分をかけがえのない人間だと思いたい」というところに目標があるからなのです。だから「あなたのかけがえのなさは、ABCの評価のAです!」と言われれば、「私は認められた!よかった!」というところですべてのプロセスが終わってしまう。しかし、言われた直後はいいのですが、その意識は長続きせず、しばらくたつとまた振り出しに戻ってしまいます。
問題は、すべての行動が自己愛から生じていることです。
今の社会はきわめて自己愛的になっています。自分が愛され、自分が素敵な人間だ、かけがえのない人間だと思ったら、そこで終わってしまう人が多いのです。愛されるに値する存在だ、と言われるだけで舞い上がってしまうというのは、それほどまでに自分が愛されていないと思ったり、自分で自分を愛することができない人が多いということでもあり、それが自己愛社会をもたらしています。しかし、私たちが生きている意味は、けっして自分の自己愛を満たすためだけではないのです。》
●私も若い時分はさまざまなセミナーやワークショップに参加しに出かけていました。でも、何度も参加しているうちに、「もういいや」と思えるようになりました。
それらに参加するのは「受け身」ですよね。そうではなくて、いかに自分が動き、発信していくか、「自分が何をしていくか」が大切だと思ったのです。
そう思い至るまでのプロセスの中で、セミナー等に参加して「自分を知る」ことは大事なことだと思っています。でも、そればかり繰り返していては、「疑似空間」の中で気持ちのいい思いをしているだけで(時には苦しい思いもあるでしょうが)、それに参加しないといられない一種の「中毒」になってしまう可能性があります。
そこから抜け出せるかどうかが、自分を飛躍させるかどうかの一つの「カギ」のように私は感じるのですがー。
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