さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

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 私は心の底から驚きました。こんなに驚いたのも久しぶりのことです…。
 
●阪神淡路大震災から15年ーそこで学んだことを今に活かして活動を続ける男性は…

 1月17日が近づくと、毎年テレビ、ラジオ、新聞などで、震災関連の特集があります。震災から一週間後に現地へ赴いた私は、それらの特集を見ないではいられません。14日の夜の「クローズアップ現代」(NHK)も、震災関連の番組だったので、録画して後で見ました。

 今回はどんな特集だろうと見てみると、阪神淡路大震災の援助活動から学んだことをその後も活かして、世界各地の被災地へ行って活動している人たちを取材したものでした。

 今回取材の中心となっていたのは、数年前に起こった中国の四川大地震の後数日で現地に入り、その後今までずっと現地に滞在し、被災した方々のケアを中心に活動している男性でした。

 四川大地震でも、世界各地からボランティア団体や個人が飛んで行き、さまざまな活動があったそうですが、今なお現地に留まって活動を続けている外国人はほとんどいないとのことです。それはそうでしょう。

 その、今も居残って活動している男性の顔がテレビ画面に映ったとき、なぜかどこかで見覚えのある顔だなぁと思いました。そして、彼の名前が紹介されたその時、私は我が目を疑いました。
「吉椿雅道、42歳」・・・この珍しい(?)名前ー忘れもしません、神戸で共に活動した中の一人の男ではありませんか!!

●NPOの一員として、ずっと「現場」で伝えてきたことは、「神戸で学んだこと」ー

 「ど、どうして彼が、四川大地震の現場にいるんだ…」と思い、その後の番組をまさに食い入るように見ていくうちに、だんだんとその理由がわかってきました。

 彼は私たちとの震災援助活動後、いったん故郷の福岡に帰ったと思うのですが、その後再び神戸に来て援助活動に従事していたのでしょう。その後月日が流れ、神戸での震災援助活動では表立ってすることがなくなったかもしれませんが(心のケアなどはなくなることはないと思いますが)、その後も世界各地で天災が起こっていたことから、そのような被災された方々に神戸での経験を活かして何かすることができないだろうかと思う人たちが集まり、NPOを立ち上げたとのことです。それに彼、吉椿氏も加わり、世界の被災地に派遣されるようになったー(私の推測も交えて記しています)。

 吉椿氏をネット検索してみると、彼に関するものがたくさん出て来て、私は彼のこれまでの歩みを知ることができました。

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「減災に挑む30のストーリー いのちを守る智恵」 より、
 吉椿雅道(よしつばきまさみち)氏プロフィール

1968年 福岡県生まれ。
幼少より武道を学び、大学在学中、東洋医学(整体、気功など)の先達に師事する。
またそのかたわらNGO(先住民、山岳少数民族の支援活動)に加わる。

1995年阪神淡路大震災直後に兵庫区、長田区でボランティア活動を行う。その後、福岡に県外避難者を支援するボランティアグループを立ち上げる。‘99年より‘02年までアジアを歴訪。各地の伝統医療やNGOの現場を見て歩く。04年中越地震では被災地NGO協働センターのスタッフとして「足湯ボランティア」などの活動を行う。05年パキスタン地震、06年ジャワ島地震の現場にCODEスタッフとして派遣される。現在、全国各地の防災・減災の智恵を拾い歩いている。

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