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●神戸市兵庫区役所に避難されていた方々に、温かいスープを毎朝届けるー
神戸市北区のL氏の住むアパートにたどり着いた時の光景は今でも覚えています。東京からやってきた私たち(確か、男性2人、女性3人)と、九州他各地からやってきたメンバーが、ここで一堂に会しました。
東京で合流した3人のメンバーは以前からの顔見知りでしたが、他の2人とは東京駅で初めて会い、神戸で合流した5人とはもちろん初対面でしたが(もしかしたら記憶違いかもしれません)、「被災された方々のために何かができないだろうか?」という志しの元に集まったメンバーとは、すぐに心が通じ合ったような気がします。
すでに数日前から、まだ‘炊き出し’が入っておらず、食事はパンなどのみで、「温かいもの」が全く届けられていなかったという兵庫区役所に避難されていた方々に、毎朝温かいスープを届ける活動が始められていました。
このアパートの一室で大きな鍋に作って持っていくのですが、アパートには中国からの留学生の女性が住んでいたことから、「中国風の熱々のスープ」を中心に作っては届けていたように思います。元々このアパートに住む方々は顔見知りでコミュニケーションが取れている方が多かったらしく、私たちの活動に的確なアドバイスを与えてくれる、いわば‘大御所’のような方も住んでおられました。
私も翌朝早速スープをお配りする活動に参加しましたが、兵庫区役所にはロビーから廊下、そして階段の踊り場に至るまで、避難された方々でいっぱいでした。すでに震災から一週間が過ぎるというのに、温かいものをほとんど口にされていなかったらしいので、私たちの作るスープを楽しみにされている方々から、感謝の言葉をいただきました…。
このように、被災された方々にとって、「今必要なこと」ができたのは、L氏が地震後自転車で市内を駆けずり回ってくれたからに他なりません。彼のもとに、全国に住む友人知人から、「何かできることはないか?」の声が入ってきたので、彼は「仲間たちが来てやるべきことは何だろう?」と、数日かけて、いわば「リサーチ」してくれたおかげです。
10人が寝食を共にして活動することができたのは、彼の神戸市北区のアパートが被災を免れ、彼の部屋を利用することができたからです。そして彼のもとに10人もの若者(?)が集まったのは、彼が日頃から、信頼のおける仲間とのネットワークを築いていたからです。吉椿さんの紹介文にも書かれていましたが、整体・気功などの東洋医学を学ぶ仲間たちのとネットワークが中心だったと思います。そして私は、L氏と日頃からつながりのあるG氏とのつながりがあったので、こうして神戸に向かうことができたのでした。
私たちの食事は、毎日ご飯とみそ汁のみでした。でも、それで十分でした。温かいものを食べられる有り難さを、このときほど感じたことはありませんでしたし、なにより10人もの志しを同じくする仲間が集まっているのですから、心はずっと温かでした。
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