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●10人で智恵を絞って、「足湯」の活動をし始めるー
私たちは朝のスープの活動を終えた後、どんなことをするのがいいのか話し合いました。そこでスッと、確か誰ともなく出てきたのが、「足湯」の活動です。私には馴染みのあまりないものでしたが、整体や気功に通じたメンバーが多く、彼らにとって「足湯」は身近なものだったようでした。
また、誰かが漢方の入浴剤のようなものを持参しており、これをお湯に入れて足をマッサージしてあげたら、特にお年寄りの方々に喜ばれるのではないだろうか、という話になって、「足湯」の活動を始めようということになりました。
しかし、いざ始めるにあたっては、結構準備するのが大変だったと記憶しています。
とにかくまずは、たくさんのお湯が必要となりますが、お湯を沸かす燃料や大きな鍋が必要になりますし、洗面器類やタオルも必要となります。イスも要りますし、そのための場所も必要となります。それらを準備して実際に足湯を行うには、避難所となっている場所の同意が必要となりますし、私たち以外の方々に手伝ってもらうことも必要となったはずです。
私たちは避難所を訪れて代表の方にお話しをさせてもらい、承諾を得た場所で足湯の活動をさせていただきました。一日に何ヶ所もの避難所を訪れた記憶がありますので、たぶんL氏があらかじめ避難所を訪れて、コーディネートしてくれていたのでしょう。
●足湯は、単に身体が温まるだけではなかったー「心」も温まる足湯の効用
いろいろな方々の協力もあって始めた足湯の活動でしたが、私たちは実際にやってみて初めて、それをすることの本当の意味というか、この活動の重要性を感じ取っていくことになりました。
避難所の床は冷えきっています。特に大きな体育館のような場所だとなおさらでしょう。いくらストーブを焚いても、床は冷たいままです。そのような場所で何日も過ごし、身体が冷えきっているお年寄りの方々は、足湯をとても喜んでくださいましたが、最初はなかなか自分から足湯をやっている場所へ足を運ぼうとしないので、私たちの方から「足湯をやっているんですけど、いかがですか?」と声をかけることをしました。
お年寄りの方々にイスに座ってもらい、漢方のいい香りのする温かいお湯をはった洗面器に足を浸してもらって、私たちは足だけでなく、手なども揉みほぐし、「どうですか〜」と語りかけました。すると、温まってリラックスしたお年寄りたちは、世間話をしたり、ご自分のことを話されるようになっていきました。震災に遭ってからずっと、身も心も頑になっていたのが、少しだけほぐれるような、足湯をしている一画はそんな場になっていきました。
もともと私たちメンバーは、それぞれの住む地域で「人と人とのコミュニケーション」を大事にしていたような面々が集まっていたのでしょう。足湯をすることにおいて大事なのは、「それぞれの話に耳を傾けること」だという共通認識が生まれていきました。
私たちは足湯を始めて、ことの重大性に気がついていきました。お年寄りの言葉を引き出し、耳を傾け、心をときほぐすことの大切さです。「足湯」は単に足を温めるものではなく、「心」を温めるための、いわばツール(道具)だったのです。
しかし、毎日何人もの方々の足を揉みほぐし、話に耳を傾けるという行為は、私たちやる側の心身の負担も、知らず知らずのうちに増していくことにも気づいていきましたし、時にはその話の「重さ」に、聞く側の私たちが押しつぶされるような気持ちになることもありました。
でもそのことに気づいてからは、私たちメンバーの気持ちも共有し合うように話したり、時にはメンバー同士でほぐし合ったりすることによって、乗り切っていったのではないかと記憶しています。
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