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私は10年程前まで、ジンベクラスと称した西アフリカのタイコの教室を、北海道のあちこちでやっていました。一番多かった時には、小樽、帯広、釧路、浦河、旭川、滝川で月に2回くらいずつやった上、札幌では手稲区、北区、白石区、厚別区、等などいろんなところへ行ってましたから、家には寝に帰るだけのような生活でした。
ボケた父親との介護生活が終わり、これからどのような生活をしていこうかと思っていたところで、声をかけられるまま出かけていった結果なのですがー。
各地でいろいろな方と出会いましたが、浦河ではやはり「べてるの家」の方々との出会いがありました。何らかのイベントのときに呼ばれたりもしましたが、教室をやるために訪れた浦河で、始まるまでの時間をべてるメンバーがよく来る喫茶店で過ごすことも多く、日常生活の中で自然に出会う彼ら彼女たちとのふれあいがありました。また、メンバーだけでなく、ソーシャルワーカーの向谷地さんや精神科医の川村先生たちとも出会う機会がありましたが、いつも笑っているお二人という印象を私は持っています。
当時、べてるの家に関連した本は2〜3冊出ていましたが、今はずいぶんたくさん出ているようです。
たまたま、向谷地さんと「なまけものくらぶ」の辻信一さんとの対談本が図書館にあったので借りてみました。お二人のお話しは、いったいどのような方向に展開したのだろうかと興味津々で読みました。
以下、印象に残った部分から抜粋させていただきます。
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第1部 居場所をさがして から
自分の居場所がそこにあった より
《向谷地(以下、向)
:彼らとともに活動することによって、私自身が変わりました。まず、飾る必要がないわけです。そして彼らのいろんな挫折体験というのは、むしろそこから「家族」や「社会」や「働く」といった、いろいろなテーマが見えてくる。いかに彼ら彼女らを治療して変えるか、というより、むしろ、彼ら彼女らの経験からどう社会が変わっていくのか、ということこそがほんとうのテーマなのではないかと思ったんです。
辻:それは、長い時間をかけて得た結論ですか、それとも?
向:いえ、直観的なものです。最初の1年間で、いろんな活動を通してそう思いました。
辻:浦河のさびれ方が腑に落ちた、ということともつながってるんでしょうか?
向:そう、つながっていると思いますね。なにかこう、今まで周りから、勉強しないと後で苦労するぞとか、人の幸せや生活の安定に向けてあれこれと言われてきた中で、なにか違うのではないかという違和感。それが浦河に来てはじめて、統合失調症の人たちと出会って、「あ、これだ」と思ったんですね。それは「弱い」というキーワードで、「弱さ」をめぐって人はいろいろなジレンマを抱えたり、矛盾をきたしているのだということに、ここで出会ったと言っていいと思います。
辻:ぼくたちの生きている社会では普通、弱さというものは克服すべきものだし、見せないようにするものですね。それがここではそうではなかった、と?
向:そうですね。私はとくに中学のときに感じた日常の生きづらさと、絶望感。世界を見れば見るほど憂鬱になる感覚に対して、世界とつながっているという自負心と、人間としての深く深遠なテーマを抱え込んでいる自分に、苦しさの反面、誇りを感じていたんですけれど、そのことの意味がわかったという感じですね。
辻:弱さによってこそ、自分は世界とつながっているんだという確信。中学生のころのそういう思いが、浦河における自分の居心地のよさに通じたということでしょうか。
向:はい。》
●向谷地さんの考えはいつも斬新な発想でユニークだなぁと思っていましたが、中学生のころから一貫しているものがあったのだということを知ってなるほどと思いました。それが赴任していった浦河という町で磨かれていったんですね。
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