|
●家に多くいることのメリットがひとつありました。
私の教室の教材プリントを「算数と国語を1日1枚ずつ」する習慣が身についたことと、「毎週図書館に行って借りて来る絵本を一人でも見るようになった」ことです。ひらがなもカタカナも、そして漢字も、特に教えていないのに、どんどんと読めるようになったのですから驚きでした。
ウチで使っている「らくだ教材」は、「1日1枚ずつ」やる習慣さえつけば、小学校に入ってからの勉強の心配はな〜んにもありません。本人がやってみたいと言ったときにやらせて、できたからうれしくて、新しいことを学ぶのが楽しいから続いているのです。それだけで「学力」も「学習習慣」も身につきます。
途中にはやりたくない時期ももちろんありますが、そのときそのとき必要な援助をすることで、やりたくない時期も乗り越え、いつのまにか何も言わなくても自分から「1日1枚ずつ」やるようになってきているのですから、これもまた驚きです。
でも、もしも保育園に夕方まで通えていたら、まだこの習慣はついていなかったはずです。午後ずっと家で過ごしていたから、その子に合ったタイミングで声をかけて学習習慣をつけてこられましたが、夕方帰ってから寝るまでの間にそれをするのは困難なことだったでしょう。
その子によって違いますが、夕方帰ってご飯食べてテレビ見て遊んでお風呂に入って寝る、という日々の生活の中に「学習」を組み込むのは幼児にとっては大変なことですし、無理にそれをすることもありませんから。
●それにしても、保育園には感謝の気持ちでいっぱいです。
心ゆくまで遊ばせてくれた上に、基本的なしつけなどもしてくれたのですから、もしかしたら家庭より保育園で学んだこと、育ったことの方が多いのではないでしょうか。多種多様な人たちと関わる体験ほど貴重なものもないと思います。
ひとつエピソードがあります。息子の卒園によせて、保育園の年下の子どものお母さまからお手紙をいただきました。「ウチの子をかわいがってくれて、遊んでくれて、ありがとう」と、本人にも私たち親にも伝えてくださっていました。
ウチの子がその子をかわいがっている、よく遊んだり面倒をみたりしている、ということを聞いてはいましたが、お母さまに感謝されるほどだとはびっくりでした。ウチの子がいなくなって、その子はこれから大変だ、なんてことを先生はおっしゃってくれていましたがー。
いずれにしろ、こんな優しい面があるんだなぁと、家ではわからない子どもの一面を目の当たりにさせてくれました。
●これからは児童会館通いになります。
いつでもどこでも、同年齢くらいの子どもがいたら、すぐに仲良しになって遊び回る子どもの姿を見ていて、私は感心させられていました。「スゴイなぁ、仲良しになる天才だなぁ」とー。きっとこの能力を発揮して、児童会館でも小学校でも、友だちをいっぱい作ってくれることでしょう。
保育園へ通わなくなって一番寂しがっているのは、親(私)かもしれません。保育園を通じて、私は「父親」というものにさせてもらったような気がしていますから。
|