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昨日ご紹介した内田さんの文章は、私にとってこれからも指針となるような、とても心に響くものだったのですが、みなさんはいかがお感じになったでしょうか?
長い文章なので、なかなか全部読み込むことができない方もいらっしゃるのではないかと思います。
特に印象に残った部分を抜粋して再びご紹介したいと思います。自分自身が何度も反芻しておきたいので、私のコメント(唸り声?)とともにー。
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《 社会制度というのは、「誰でもできる」という条件で制度設計してある。》
ーなーるほど。
《 そのような「平凡な人間」が営む場合の方が「むしろうまくゆく」ように作られている。》
ー深いなぁ。
《 たいていの場合、にこにこ笑いながら、遊び半分でやっている仕事の方がクオリティが高いのである。
家族も基本的には「ちゃらちゃら」やる方がうまくゆくように設計されている。》
ー常識を覆すような考え方、「そうかもしれない」と感じていたことを、「やっぱりそれでよかったんだ!」と思わせてくれる考え方。勇気づけられるなぁ。
《 それでもそこそこ仲良く暮らしているのだから、それで「OK」ということにしてはいただけないであろうか。》
ーそうだよね、そうそう。
《 「ものわかりのよい父親」は実は「悪い父親」なのである。
否定しにくいから。
「愛情深い父親」もあまりよい父親ではない。
その人のもとを去りがたいから。》
ーこれも深いなぁ。この考え方の背景には、すべての人はそのままでOKというような「自己肯定(全肯定?)」の考えがあるような気がする。
《(父親がそれほどバカではなかったことに気づくのはずっと後になってからのことである)》
ーカッコに括られ、目立たなくされていますが(?)、このことも世の父親を勇気づけてくれる言葉です…。
《 「イニシエーションの年齢に達したら、子どもを家から出して、新たな家族を作るように仕向けること」、それだけが親の仕事である。
自余のことは副次的なことにすぎない。》
ーここまで断言されると、ありがたや・・・。
●年齢を重ねれば重ねる程、私は自分の父親への感謝の気持ちが深くなってきています。
人との付き合いがヘタで、仕事においても自分の信条に基づいての活動においても中途半端で、連れ合いに去っていかれ、子どもたちにも愛想を尽かされ、自分の子ども(私)に対して「自分みたいになるな」と自己卑下をして、あげくの果てにボケて死んでいってしまった…そんな父親への感謝の気持ちです。
心身ボロボロに成り果てるほどのことがあったのだ、ということは、父親と同じくらいの年になっていかないと、なかなか実感としてわからないものです。
そんな父親だったからこそ、私は大海へと飛び出していったのです。
とにかく、この世に私を生み出して、小さな頃の楽しい思い出を残して、そして育ててくれてありがとう、という言葉しか、今私の胸にはありません。
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