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この本は中高生あたりをターゲットにした新書シリーズの一環として書かれたと思うのですが、中高生が読むには高度な内容に感じました。
もっとも、「ちょっと背伸びする」くらいの本を読みたい年頃でもあるでしょうから、ぜひ読んでもらいたいものですが。
以下に、特に印象に残った部分から抜粋してコメントを記したいと思います。
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教習所とFー1ドライバー より
《教習所の先生は「君は他の人と同程度に達した」ということをもって評価します。プロのドライバーは「君は他の人とどう違うか」ということをもってしか評価しません。その評価を実施するために、一方の先生は「これでおしまい」という到達点を具体的に“指示し”、一方の先生は「おしまいということはない」として到達点を“消去”してみせます。
ふたりの先生の違うところはここです。“ここだけ”です。
ほとんど同じ技術を教えていながら、「これができれば大丈夫」ということを教える先生と、「学ぶことに終わりはない」ということを教える先生の間には巨大な「クレウ゛ァス」があります。
「学ぶ」とはどういうことかを考えるときに、いちばんたいせつなのはこのことです。
このクレウ゛ァスが何なのか、それはどうしてできてしまうのか、それを考えることです。
もう一度申し上げましょう。
“学ぶというのは有用な技術や知識を教えてもらうことではありません”。
だって、シューマッハにアクセルワークを習ったときに、あなたは彼が何を言っている
かぜんぜんわからなかったはずだからです。
言ってることがむずかしすぎて。
何を言っているのか、ぜんぜんわからなかったにもかかわらず、というか、“何を言っているのかぜんぜんわからなかったゆえに”、あなたは彼から本質的なことを学ぶことができたのです。
私は上で、プロの人なら言うことは決まっていると書きました。
それは、「技術に完成はない」と「完璧を逸する仕方において創造性はある」です。この二つが「学ぶ」ということの核心にある事実です。
ことばはむずかしいですかれど、これじつは恋愛とまったく同じなんです。
「恋愛に終わりはない」そして、「失敗する仕方において私たちは独創性を発揮する」。》
●「教習所の先生」と「プロのドライバー」から学ぶことの違い、なるほどなぁと思いました。
「学ぶことに終わりはない」ことは、何か一つでも継続していることがある人であれば、実感としてわかることだと思います。
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