さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

札幌三育小学校

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

   学校そのものがらくだ的?

 私はこれまでに何度も三育小学校を訪問させていただきました。いつ行っても感じるのは、「学校そのものがらくだ的」だということです。

 まず一日にチャイムがなるのは、中休みと昼休みのたったの2回のみです。授業時間が終わりになると、子どもたちは自分たちで道具を片付けて次の時間の準備に入るために移動したり、校庭へ遊びに出たりと、ほとんど自主判断で行っています。ここでは黒板を使って先生が一方的に教える形の授業がほとんどなく、ひとり一人が自分の課題に向き合ったり、学年の枠を超えた班編成でわからないことを聞き合ったりしています。一方的な授業スタイルの張りつめた空気は一切なく、逆にとても自然で自由な雰囲気に満ち溢れています。ですから、私のような部外者が行っても、その場に自然に溶け込んで馴染んでしまいます。子どもたちと対等にその場にいて対等に話ができます。また明日も来てこの子たちと一緒に学習したいーそんな気になってきます。 

 「一人ひとりを大切にするからこそ、一斉授業ではなく、‘セルフラーニング’」
 三育小学校の教育の根底にあるものは、らくだ教育と相通じているのだと、その場に行く度に感じます。大河原さんも以下のように語っていました。
「通常の学校のクラスでは、‘どのレベルに合わせたらいいか’でまず悩みます。そして大体‘中間くらい?’のレベルに落ちつきます。でもそこには子どもの顔がありません。いわば、‘架空の子ども’に教えているんです。‘この子にわかるように’ではありません」。

   子どもは先生の失敗した姿を見るのが大好き?

 以前、北海道ローカルのテレビ番組の特集「義務教育はどうあるべきですか?」で、三育小学校の取り組みが放送されました。丹念に取材されたものを観た上で、約40分に渡って三育小の実践からこれからの教育のあり方について、識者と一般視聴者との間で意見交換が行われましたが、「マルチエイジとセルフラーニング」というキーワードに基づいた三育小の実践に、みなさん新鮮な驚きを感じられたようでした。

 三育小の取り組みに大変興味を抱いたご自身子育て中のインタビュアーの方から、「この教育スタイルに慣れるまでは大変だったのではないですか?」と聞かれて、大河原さんは、「子どもが喜ぶのは、‘先生の失敗したところ’で、そういうのが大好きなんです。先生の弱いところ、みっともないところを出すことができると、子どもも楽にその場にいることができるし、先生も楽になるんです。今は先生自身がとても疲れている世の中ですからね」と答えていました。

 私は、三育小にずっといたくなる最大の理由はここにあるのかと感じました。先生自身が‘自然体’で肩肘張らずいてくれるから、子どもたちもリラックスして過ごすことができる。だからその場全体に‘安心を感じる’空気が漂っていて、部外者でさえも溶け込んでしまう…。それはインタビューされた子どもの一人が言っていた言葉に集約されるかもしれません。「前にいた学校では怒られてばかりいたから、行くのは嫌だったけど、ここではそんなことがないので、楽しい」。

 テレビ番組の中では、ゲストで札幌在住の作家の方の感想が私は印象に残っています。
 「三育小の実践は、江戸時代の寺子屋に近いかもしれない。寺子屋では、‘読み、書き、そろばん’等のそれこそ基礎的な力を自分の力で身につけるべく学習する場だったわけだから、一方的な授業形式じゃなくて自学自習、三育小で言う‘セルフラーニング’に近かったでしょうし、また、僻地の学校では児童減少によって‘複式学級’になっているところもあるし、それは三育小に近いのかもしれない。そう考えると、この学校のやっていることは、ただ単に新しいのではなく、昔ながらの日本の教育に通じるものであり、大切なところに目を向けているのかもしれないー」。

 番組の司会者は、この学校の実践の中にこそ、‘本当のゆとり’のある教育を感じるとコメントしていましたが、それは大河原さんの以下の言葉に象徴されているかもしれません。
「“セルフラーニング”により、‘強制’せずまた、‘〜しなさい’と言うこともなく、子どもたちは、‘例え辛くても勉強は自分でやるもの’と考えるようになりました」。

   三育小を取材してー
 
 秋の収穫の時期にはトマトや枝豆をいっぱいいただきました。休み時間になると子どもたちは学校で飼っている鶏と遊んだり、広い校庭を駆け回ったり隅の隠れ家のような場所で羽を伸ばしたり、外の空気を思い切り吸っていました。育てていたヒョウタンはどうなったでしょうか、乾燥させて楽器にしたり色を塗ったりしたでしょうかー。三育小に行くといつも屈託のない笑顔が溢れていることを思い出します。

 ここには遠方から通って来る子どもも多いと聞いています。近所の友だちはいるのかなと思い、「学校から帰ったらどうしているの?」と何人かの児童に聞いてみました。すると、塾や習い事のスケジュールでいっぱいの子が結構いることがわかりました。考えてみれば小学4年の私の子どもも、らくだプリントをやっているので他の塾こそ行ってませんが、サッカー少年団で週3〜4日間は埋まっているので、近所の友だちと遊ぶのは週に1〜2日あるかどうかになっています。低学年の頃は毎日のように近所の友だちと遊んでいましたがー。

 三育小の子どもは特に、学校が息抜きの場になっているようにも思いますが、いかがなものでしょうー。上級生も下級生も入り混じった団子状態で遊んでいる姿は、私の小さい頃を彷彿とさせるものがありました。

ー以上。

    三育小学校の再生と、マルチエイジシステム
                        
 大河原さんは鹿児島時代の2年間らくだを学び続けましたが、その後転勤で函館へ移っていた2年間は、らくだとの接点がありませんでした。しかし、大きな転機が訪れます。児童減少で学校の存続さえ危ぶまれていた札幌三育小学校の再生プロジェクトが三育教育局で始まったのです。そこで大河原さんは、札幌三育小学校を再生させたいという願いを持って、札幌への赴任を申し出ました。大河原さんの頭にはもちろん、「らくだ導入」がありました。数年前の校長会でらくだ教材の説明をした時には全く受け入れてもらえなかったらくだでした。しかし、札幌で新たな試みを始めるにあたって、らくだ導入は願ってもないチャンスとなり、実現する運びとなりました。

 らくだ教材導入にあたっては、学年の枠を取り払う場が設定されることが望まれます。ひとり一人の学習進度は違って当たり前なので、それぞれの子どもが必要とする学習を、それぞれの子どものペースを保証して行う必要があるからです。またそれは現在の学校現場ではなかなか実現困難なことでもあります。

 三育小学校では、再生プロジェクトを進める中で、マルチエイジ・クラスルーム(多年齢学級教授法)導入という、全国的に見ても珍しいシステムを取り入れる思い切った改革をしたので、何ら問題となる障壁はなくなりました。この一連の改革に、‘国際化’(英語授業導入)と‘ポートフォリオ’を加えて、“新生”札幌三育小学校が3年前に生まれでました。

 しかし実は、この“新生”札幌三育小学校こそ、もともとの「三育教育」の原点につながるものであり、より理念に見合った学校であると、大河原さんは実感しています。そしてそれは、「時代のリードにも見合った」ものだと自負しています。

   思いは実現するということ

 「らくだを学校に導入したい」、その思いが数年の時を経て実現しました。このことは大河原さん本人にとっても、これまでにない大きな体験となりました。「壁にぶつかった時でも、あきらめずに続けていれば、いずれ乗り越えていくことができるんだ」という希望を、今回のご自身の体験から子どもたちにも伝えられると話されていました。

 らくだを日々続けて行く子どもたちに大河原さんは、「自分で生きていく力というのは、自分自身のよさもわからないと身につかないこと」に気づき、「自分でやろうと思ったことを実現できる」「人との関わりを大事にすることができる」人間に育ってもらいたいと強く願っています。

   生まれ変わった三育小

 大河原さんは、らくだのプリントはそのシンプルな作りゆえに、それぞれの人の課題が浮き彫りになりやすいプリントであるということと、三育小学校自体その小ささゆえに問題が表面化しやすい場であるということが共通しているとも話してくださいました。「問題が起きたらその問題をみんなで共有して解決の方向に持って行く」のだそうです。問題が表面化することは望ましいことであり、何が問題か自覚することができれば、必然的に解決の方向へ導かれるという考え方です。

 子どもたちは毎日大河原さんと相談の上で、らくだプリントを宿題に持ち帰ります。らくだを導入して2年余ですが、低学年を受け持つ先生は、「子どもと教師の関係が変わってきた」と言います。「以前は、教師が怖い存在だったのが、そのままの姿でいい存在となってきているのでしょうか?自分に、正直になっている。隠さずに自分を表現できるようになって、壁をとりはずした、そのままのコミュニケーションをとれるようになってきたように思います。この雰囲気が、できれば親にも伝わり、子ども同士の関わりにもつながっていってほしいと願っています」とのことでした。

 大河原さんは、三育小学校が生まれ変わったことによって、「以前はしたいと思ってもできないという制限があったが、今はそれがなくなった」と言います。「黒板の前に立つ‘授業’ではなく、‘子ども自身が計画を立てて、必要に応じてアドバイスする’教育スタイルに変わりました。‘大事であると感じたことを、その大事な瞬間にできるようになった’のが何より」と話してくださいました。

 三育小の他の先生も、「子どもと教師の関係が変わってきた」と言います。「以前は、教師が怖い存在だったのが、そのままの姿でいい存在となってきているのでしょうか?自分に、正直になっている。隠さずに自分を表現できるようになって、壁をとりはずした、そのままのコミュニケーションをとれるようになってきたように思います。この雰囲気が、できれば親にも伝わり、子ども同士の関わりにもつながっていってほしいと願っています」。

   フィリピン留学で学んだこととらくだの講座で学んだこと
                        
 大河原さんは鹿児島で、らくだ教材を開発した平井雷太さんを講師に迎えた講座に参加したのですが、そこでは驚くことがいくつもありました。まず、講座自体が以前大河原さんがフィリピンの大学に留学していた時に体験したり学んだりしたやり方に、実によく似ていたからです。

 大河原さんはフィリピンの大学に留学し、アメリカ出身のテーラー教授の下で「教育」に関して学びましたが、一番最初に受けた講義で教授が行ったことは、「2人がペアになってインタビューし合うこと」でした。まさに平井さんの講座で行った「インタビューゲーム」と同じです。お互いがインタビュアーになって聞いたことを記録するやり方まで共通していました。それから、ある教育雑誌を読んでひらめいたことをまとめ、それをみんなでシェアする(分かち合う)授業もしました。

 また、その後の授業の中で、「何でもいいから各自の創造性を活かしたことをやって発表すること」、「自分が‘この人はスゴイな’と感じた人にインタビューしてくること」「街に出てどこか一カ所にじーっと座って、気になる人を見て30分間記録すること」「地域の学校に行って話を聞いてくること」などもしました。
 テーラー教授の下で大河原さんは、「オープン・マインド」であることの大切さと、「人間は求めているものに出会っていく=求めることこそが大事」ということを学びました。
  
  
   “宗教的なこと”と日本の教育の限界

 講座に参加した大河原さんが平井さんに初めて会った時に感じたことがあります。それは、とても“宗教的”な方だということでした。三育の教育の背景には、キリスト教の教えがあります。「絶対的な存在」「愛」が思想にあります。科学でも数学でも何においても、真理を追求していったら、そのようなものにつながっていくという考えです。考え抜いた末に「発見」があり、真理につながります。真理を追求すればするほど、「神」に近づいていきます。

 大河原さんに、「平井さんの印象が“宗教的な方”だと感じたのは、具体的にどのようなことなのですか?」と尋ねたところ、以下のお返事をいただきました。

「前置きとして、『宗教』という言葉、更に『宗教的』という意味合いについて。わたしは、自分が宗教というものがわたしにとって欠かせないものと考えています。更に、教育に是非必要なものとして宗教をとらえています。
 一言で言えば、平井さんを見て“真理の探求者”という感じがしたんですね。 そして、その求めているものは、一人の人間の考えを超えたいわゆる霊的なものであると感じたからです」

 宗教というものには絶対的な存在、信じるべきもの、そして愛が背景にあります。信じるべき拠り所があるからこそ、自分を信じ、他人を信じ、子どもを信じるところからのコミュニケーションが始まります。そして、他との違いを認めて受け入れる土壌が築かれます。日本の公教育では宗教を教えることが禁止されています。そのことが良いとか悪いということではなく、大河原さんはそこに日本の教育の“限界”を感じています。

 平井さんの講座には、「ひらめき」と「シェア(分かち合い)」が基本に据えられていると私は感じています。らくだ教育の「セルフラーニングを実現するための3つのツール」である「らくだ教材」「インタビューゲーム」「考現学」の根底にあるものは、大河原さんにとってテーラー教授の教えとまさに共通していたのではないでしょうか。



   プロセスを大切にすることー“ポートフォリオ”

 競争ではなくその子のペースで学ぶことができる「セルフラーニング」は、「本当にわかる」ためのシステムです。それは、ひとり一人が価値のある存在、愛されている存在だという思想を具現化したものです。子どもにとっては、どこまで到達したかを測る「評価」ではなく、「どう変わっていったかを記録すること」こそが大切なのです。子どもは、何かの作品が仕上がった時、その仕上がったもので満足してしまっているのではなく、作っていく過程である途中の部分をもっと大事にしているのではないでしょうか。

 三育小学校が‘ポートフォリオ’を導入しているのは、そのことに理由があります。ポートフォリオは、学びのプロセスこそ大切だと考え、ノートや絵等子どもたちが授業で書いたり作ったりしたすべてをファイルにまとめて‘作品’とすることです。時を重ねてそれが蓄積されていくと、分厚い記録になります。それぞれの子どもの、まさに「足跡」です。三育小で通知票の名称を「励みの記録」から「あしあと」へ変えていったのは、そのような理由があるのです。

○大河原一義教頭に聞くー
   
   子どもの不登校をきっかけにー

 大河原さんの娘さんは、小学校時代の2年間不登校となりました。父親である大河原さんの落胆ぶりは相当なものでした。ご自分の勤める学校(当時鹿児島在住)に行かなくなったのですから、それも当然のことでしょう。そこから娘さんの居場所探しが始まりました。最初は家庭教師に来てみてもらいましたが、「そんなこともわからないのー?」と読み取れるちょっとした態度に娘さんはついていけず、やめました。次に宮崎にある自然学校に通うために母親と引っ越しをしました。自然体験教育の内容やスタッフの方々はよかったのですが、リーダーである方の押しつけ的な対応に娘さんは反感をもってやめました。

 その後鹿児島に戻り、教育心理のカウンセラーの方にらくだの教室を紹介してもらいました。娘さんに合っているんじゃないかと思われたからだそうです。いろいろ試してもうまくいかずに意気消沈していく一方だった娘さんでしたが、らくだに出会って半年程の間にどんどん変わっていきました。小学校5年生の9月から3月位の間、一人で市電に乗って教室に通い、家でもいろいろな話を自分からするようになっていきました。

 三育小学校には通わなくなった娘さんでしたが、兄が行っている広島の全寮制の三育中学校に行きたいと思っているのではないかと大河原さんは感じ、聞いてみました。するとやはり、行きたいという返事が返ってきました。あれほど学校に行きたくないと言っていた娘さんでしたが、大河原さんは彼女の変化を感じていました。どうしてそこに行きたいかを聞いてみると、「いろんな人と友だちになりたいから」という返事が返ってきました。娘さんは一人で家にいながらも、日々成長していたのだと、大河原さんが改めて実感した出来事でした。

   らくだは、まわりを否定しない

 大河原さんは、あんなに思い悩んでいた娘さんが、らくだに出会ってからの短期間でこんなに変化していった理由は何だったんだろうという思いを確かめたくて、指導者の方を訪れて話を聞きました。その中で今でも印象に残っている言葉が、「らくだは、まわりを否定しない」という言葉だそうです。大河原さんは、娘さんの様子を見たり指導者の方の話を聞く中で、「らくだは自分を育てていく何かがある」と感じ、娘さんが始めてから3ヶ月後くらいにご自分でもらくだプリントをやり始めました。そして、らくだのことを知れば知る程、自分のイメージしていた教育の理想に近いものであることに気づいていくことになりました。

   自らの教育への疑問からー

 大河原さんは、三育の教師を続けながらも、しだい次第にもんもんとした思いを抱くようになってきていました。それは、三育の教育は、公教育と違っているところに意義があり、そこに誇りを持つべきだと考えていたのが、だんだん公教育とあまり代りばえしない方向に進んできてしまっているのではないかと感じていたからです。また逆に、世の中の教育の流れの方が、もともと三育が持っているものの方向に進んできていると感じたからでもあります。

 近年公教育では評価方法が「相対評価」から「絶対評価」になり、「総合的な学習」や「生活科」が始まりました。三育ではもともと絶対評価ですし、農作物を自分たちで育てる「労作教育」があります。「体験」を大切にして敢えて評価をしない授業も日常的にあります。最近では文部科学省でも「知・徳・体」を唱えた「全人教育」(バランスよく育つための教育)を主張してきていますが、それは三育教育の原点としてずっと基本にあるものでした。

 大河原さんは、三育教育には誇るべき「思想」があるにも関わらず、それを「具現化」することが下手なのではないかと感じていました。他からの圧力に屈して、形や体裁ばかりを整え‘学校らしく’することは、結局三育らしさを失っていってるにすぎないからです。三育の教育に通じる思想を具現化したのが「らくだ教材」でありそのシステムであると大河原さんが感じたのは、その背景に、「ひとり一人を大切にする」考え方ー思想ーが根本にあると知ったからです。それが、キリスト教的思想をバックに設立された三育の教育の原点に通じるところであり、先に上げた「らくだは、まわりを否定しない」というらくだの指導者の方の言葉に通じるところでもあります。

三育小学校に関して、以前私が取材して書いた記事を紹介したいと思いますので、興味のある方はご覧下さい。

                        *                    

 「らくだは一人ひとりを大切にする教育の思想の具現化だった」
   
   札幌三育小学校との出会い
 
 私は3年程前のある日、新聞に載っていた記事に驚いて切り抜いたことを今でも思い出します。「札幌にマルチエイジ・クラスルーム(多年齢学級教授法)を導入した小学校ができた」という内容でした。「マルチエイジ」という言葉はそのとき初めて聞いたのですが、直感的に「らくだとつながる!」と感じたのです。そしてほどなく、この学校にもらくだ教材が導入されていたことを知り、さらに驚いたのでした。その後、セルフラーニング研究所の平井雷太さんを札幌にお招きした講座で初めて、三育小学校の教頭先生である大河原一義さんとお会いすることができました。大河原さんこそ、「マルチエイジ・クラスルームとらくだ教材」を導入し、この学校を改革することに尽力された方です。

 北海道でらくだ教材を導入しているのは、他に児童養護施設の天使の園と、私塾である私のところのみです。学校全体の取り組みとして導入しているのは全国的にみても珍しいと言えます。なぜ三育小はらくだ教材を導入したのか、それを探ることは私が今後らくだの教室を地域で展開していくためのヒントになるとも思えますし、児童養護施設ー私立小学校ー私塾と連携してらくだを伝えていくと、北海道ならではのおもしろい展開になるのではないかとも感じています。
 
   札幌三育小学校とは?

 【沿革】より
 三育学院は1898年、セブンスデー・アドベンチスト教会(プロテスタント)の宣教師、W・C・グレンジャーの和英聖書学校の創立にさかのぼります。1926年、千葉県房総半島の美しい松林の丘をキャンパスに選び、教師、生徒の手で日本三育学院を建て、ユニークな三育教育を続けてきました。1947年4月1日から実施された教育基本法(第6条)や学校教育法(第2条)等によって学校法人設立の学校として1949年4月を初めに日本各地に三育小学校が開校されました。
 札幌においても1951年5月、宣教師W・I・ヒリヤードにより札幌教会小学校として開校されます。

 【これが三育の・・・教育理念】より
 本校の教育理念は、次の聖書の言葉に要約されます。
「だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
                   マタイによる福音書 7 章 12 節 ( 新約聖書 )

 人をどのように育てるかは、親と教育者の理念によって違ってきます。本校では、次のような人を育てることを目指している小学校です。他の人に積極的に関わることのできる人自分の力を他の人のために活かそうとする人他の人の願いを実現できる能力をもった人神様の前に恥じることのない正直で勤勉な人そのために、本校は全てクリスチャン教職員で運営されております。子どもたち一人一人を大切に思い、互いに愛し合うことを最大のルールとする教育環境で、子供たちは 「コミュニケーション能力」 が高められ、「思いやりの心」 が育まれ、「国際感覚 ( 異文化理解と英会話力 ) 」 が深められています。

 【教育方法】より

○マルチエイジ・クラス ( 多年齢学級 )

 三育小学校は創立以来、少人数制の学級を編成していますが、2003年度からは全校児童を縦割りにして、1 年生から6 年生までが混合となったファミリーと呼ばれる小グループを全ての学習活動の母体としています。これは、「多年齢の子供たちと関わりあえるほど子どもの能力は伸びる」というマルチエイジ・クラスならではの効果があるからです。

 マルチエイジ・クラスは欧米で長い歴史を持ち高い評価を得ている教育方法ですが、どんな教育環境でも可能というわけではありません。それを可能にするには、少なくとも次の条件が必要です。

 第一に、お互いに関わりあうことは人生を豊かにするという教育観を教職員と親が共有できること。
 第二に、全ての教職員と児童と保護者が親しくなれる少数規模の学校であること。

 そして、第三に、子供たちが一緒に集えるオープンスペースを中心に、自由な活動を保証するスペース ( 教育空間 ) があること。札幌三育小学校はこれらの条件を満たしているからこそ、マルチエイジ・クラスを実践できているのです。

○ポートフォリオによる学習法と評価法

 本校ではポートフォリオと呼ばれる学習活動と評価が一体となった学習方法を取り入れています。ポートフォリオとは「紙バサミ」の意味で、もともとは銀行で個人情報の書類を入れるフォルダーのことを指していました。今では、子供たちの学習の歩みを確かめる「作品」を保存する学習法あるいは評価法を意味するようになりました。

 ポートフォリオ評価は、1970 年代から学習の結果 ( 点数 ) のみを重視していたアメリカで、点数の評価と実社会に出た後の働きの評価が食い違っていることに対する反省から脚光を浴びはじめました。今では、子どもの能力を多面的に伸ばし評価する方法として「真正な評価」とも呼ばれています。

○ポートフォリオ評価の利点

 一人一人の学習進度が大切にされることで学習意欲が増すことが確認されています。学習活動の始め、途中、まとめの各段階で何度も評価するため、やり直しの効く評価といえます。途中であきらめないで最後まで向上心をもって学習に取り組むことができます。 自分の学習の足跡を最後に確認することで( 1 枚ポートフォリオ)自分の成長を確認することができ、新たな課題へチャレンジ精神がつきます。学習の足跡は、教師、子どもたち同士、親など多くの人との関わりの中で確認されます。聞く力、教える力がつき、学習の基礎となるコミュニケーション力(関わることばの力)が伸びていきます。

○英語で学ぶ教育環境

 週 2 回のネイティブ英語講師による英会話のクラスを始め、毎日の朝の会やバイブルクラスでは英語によるアクティビティーが行われ、卒業までには簡単な英会話と日常的な英語による指示が理解できるようになります。近い将来、日本は多くの外国籍の方と共に働く国際化社会になります。その中で文化的違いを超えて活躍するには英語による日常的表現を自然に感じ取れるセンスが必要となります。ティーム・ティーチング約 30 名の児童に対し 3 名の教師がティームを組み、協力して学習活動を助けます。少人数の中でより関わり合いが深まることで学習理解も深くなります。

○らくだ学習:自主自立を育てるプリント学習
計算、漢字(幼児〜中3教材まで)。自分のペースですすめる。壁を乗り越える力の育成

○食育:三育小の「労作教育」の一環で、学校の敷地内の畑で子どもたちは野菜等を作り、作った作物は皆でいただきます。米は脱穀から精米まで行い、そばは脱穀から製粉、そば打ちまで行い、大豆からは豆腐やみそを作り、小豆からあんこにしたり、じゃがいもはフライドポテトにしていただくなどしています。花や果物なども植えていますし、農作業には保護者の方々もボランティアとして参加します。

 上記に記した【教育方法】のうち、「マルチエイジ」「ポートフォリオ」「らくだ学習」は、2003年の札幌三育小学校の再生プロジェクトにより導入されたものです。児童減少で存続さえ危ぶまれていたこの学校を再生させるための、いわば‘切り札’となったのです。ここに至る過程を教頭の大河原一義先生にインタビューさせていただきましたー。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
tomoto
tomoto
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

花王ニベアクリームをお得に購入
マツモトキヨシで使えるクーポンが
当たるチャンス!<Yahoo! JAPAN>
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
10/31まで秋の行楽キャンペーン実施中
衛生対策製品クレベリンの姉妹ブランド
クレベ&アンドハンドジェルが新登場
今だけ。お試しキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事