さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

教育人間塾

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 2年前の3月、前北海道教育大学学長の村山紀昭先生が、福澤諭吉を通じて教育を学び合う「教育人間塾」を始められることを新聞で見て、ぜひ私も参加させていただきたいと思い参加させていただくことになりました。

 当初私は時間通りに参加できる状態でしたので、毎回自分なりに感じたことをブログにまとめて載せていましたが、その後教室の生徒対応で遅くなることが多く、参加できても途中からだったり参加できなくなったりしたため、まとめを書けるような状態ではなくなりました。ここ3〜4カ月はまた生徒対応で遅くなることが少なくなって来たため、定時から参加できるような状態になっています。

 「教育人間塾」は本来、現役の学校の先生たちが学び合える場となることを村山先生は願い、またそこにさまざまな人が集うことによって、広い視野から多方面の意見が飛び交い、深め合うことを望まれたのではないかと私は思います。

 しかし現状は、現役の先生たちは多忙でなかなか多くの方がいらしているわけではありません。でも、そんな中でも熱心に参加される先生もいらっしゃいます。私はこの場で、そのような先生たちと親しくなることができましたので、それは何よりうれしいことだと思っています。

 福澤に関しては、すべてを理解できたわけではもちろんありません。でも、根本のところをある程度把握することができただけでも、自分にとっては大きなことだと感じています。それは、自分が今行っていることを、自分なりに教育の現状の中に位置づけることができたということにあります。

 「一身独立と交際」、この福澤の根本思想に照らして自分のやっていることを省みることができるようになったのも、私にとって大きなことです。何事も、一本の大きな幹を自分の中に持つことができると、多少のことではぶれないでいられるでしょう。

●『学問のすゝめ』『文明論の概略』をひととおり読み終え、『教育論集』の中からもいくつか取り上げていただいたこの2年でしたが、3年目からは現代の諸問題も俎上にのせていきたいということを村山先生はおっしゃっていました。

 村山先生は教育大学長を終えられた後、札幌国際大学学長に推されその職に就いていただけでなく、文部科学省関連の仕事などで月に何度も東京を往復するような、超多忙な身だったとのことです。それでも教育人間塾には決して穴を開けることなく続けてこられました。

 そしてこの3月で国際大学学長の職を辞され、晴れて自由の身(?)となったこともあり、教育人間塾により力を入れていかれるとのことでした。

 今後村山先生は、ご自身が現代の教育にまつわる諸問題を学んでいくことから始めていきたいとのことで、4月からは当面「学力」に関する問題を人間塾の場で学び合っていくことになりました。

 その第1回目は尾木直樹氏の『「全国学力テスト」はなぜダメなのかー本当の「学力」を獲得するために』(岩波書店)をテキストとして、村山先生がこの本の中から論点をいくつかピックアップし、話し合いを進めていくことになりますが、特にこの本を購入することはないそうです。

 その後は、他の教育関係の著書を取り上げたり、福澤に戻ったりしながら、人間塾の場をより活性化させたものにされていきたいとのことです。どなたでも参加できますので、ご希望の方はぜひいらしてください。詳細は私の方までお問合せください。

 【どうやって地域の力を利用するのか】より

宮台ー
《藤原さんのいう「開かれた学校」は、単に人が「外から入ってくる」のでない。藤原スーパー校長が「外に出ていって」、何が本当に必要なのか、いま何をすべきなのか、徹底的にコミュニケーションをとりつづけるという形が、現実の姿であることに注目しましょう。

 もともとマーケターだった僕は、単に需要に敏感に応じる「マーケット・イン」ではなく、むしろマーケットにシーズ(種)をまく「プロダクト・アウト」の発想をそこに見ます。僕は、藤原さんは優秀なマーケターでもあられたから可能だった改革だと思います。

 それは「民権化するためにこそ、民に任せるのでなく、むしろ民の民度を上げるべく国権的な注入を行え」という僕の思考図式と響きあう部分があります。単に市場化・地方分権化すればいいとするネオリベ的なお目出度い発想では「ゆとり教育」は不可能なのです。

 分権化したあとに、藤原さんのような校長先生が出てきて、相当な努力をしないと、地域が空洞化したなかで学校をうまく回すことはできません。せいぜい、空洞化した地域から「あれも、これも」と押しつけられ、負担過剰化して回らなくなるのがオチですよ。》

藤原ー
《ひどく単純なことですが、外から人が来るのは、おもしろいから来るんです。おもしろくないところに人は来ません。
 よく全国の校長先生にこんなことを言われます。

「藤原さんはそう言うけれど、うちも開かれた学校で、公開授業を10倍にしたんですよ。以前は年に一日しかやっていなかったけれど、いまでは年に10日にしています。でも全然保護者が来ない」
 それはそうですよ、つまらないことばかりしていたら(笑)。

 その意味で、[よのなか]科は釣り堀みたいなものなんです。さきほど神保さんが、この授業を受けていたら自分の人生が変わったかもしれないとおっしゃってくださったけれど、そういう感想を漏らすのは、ほとんど大人なんです。大人が「目からウロコ」状態になる。それから、議論している中学生もいいことを言うじゃないか、中学生ってこんなにまじめに意見を戦わせるんだな、と感心してくれる。》


【地域のハブとしての学校】より

藤原ー
《僕は昔の寺子屋がどんな感じだったんじゃないかと思うんです。場所が必要だからお寺を貸してもらい、論語を教えられるやつが論語を教え、算盤を教えられるやつが算盤を教え、それぞれができることをやる。この子は農家の倅だけれど優秀だから江戸に出してみようとか、そういう機能を果たしていた。いまの学校が同じ機能をとり戻していけば、かつて欧米で教会が果たしていた、技術や学問をたちどころに流通させるような役割を、学校が担えるようになると思う。宮台さんの言葉では「感染」ですね。》

宮台ー
《間違っても、空洞化した地域を、学校共同体が抱えこむんじゃありません。そうじゃなく、学校がハブになっていろんなものを繋いでいくことによって、地域を活性化し、学校が抱えこんでいる諸機能を地域に譲り渡していく。これが目標になるわけです。》


●地域の人材を活用することに力を入れる学校、つまりは校長先生がどんどん出てきてほしいものです。校長の考え一つでいくらでも学校は活性化し、先生も生徒も生き生きと過ごせる場になると思うのですがー。

 昨日の夜10時25分からのNHK教育テレビに、藤原和博さんが出ていました。「仕事道」のシリーズで、勝間和代さんを案内役として、藤原さんを徹底解剖する番組のようです。これから毎週木曜日しばらく続くようなので、楽しみに見てみたいと思っています。

 昨日は、「人と人をつなぐ」「教育現場では4年かかるとされたことを4か月、いや4週間、いや4日間でやる」役目としての校長の在り方を語っていました。
「土曜寺子屋」「夜スペシャル」などは賛否両論ありますが、彼の根底にある考え方を知ることは、どんな仕事にとっても参考になるのではないでしょうか。

 ちなみに、「土曜寺子屋」に「らくだメソッド」を導入し、それを根づかせるために中心的に活動した平井雷太さんのご友人である衛藤さんが、現在和田中学校「地域本部」の本部長になられていることを、藤原さんはうれしそうに語っていました。

 衛藤さんは商事会社に勤められ、海外赴任生活も長かったのですが、会社員生活で培われた「何事にも動じないどっしりとした性格」が3年程和田中に通ううちにみなさんに知れ渡り、本部長に推されたとのことでした。私はこのことを知らなかったので、びっくりでした。衛藤さんは現在、らくだのみならずテニスを通じても生徒たちと交流されているとのことです。

 「地域本部」というシステムによって、生徒たちは先生だけではなく、大学生から地域の方々など、多種多様な方たちと触れ合うことができます。これをモデルに、「地域本部」的なシステムが、これからもっと広がっていくことは、望ましいことではないでしょうか。

●「今でも学ぶことが好き。人生に疲れていない」

 キーンレさんは、シュタイナー学校を巣立ち、大学に入った時に、「ただ単に事実を追っていくような授業についていくのがイヤだった」と言います。「学ぶ方法が違って、それに合わせるのが大変だった」とー。これを聞くと、シュタイナー学校でいかに毎日が創造的に学ぶための配慮がなされていたのかが感じ取れます。

 キーンレさんのご両親は、キーンレさんが学齢期になった時にいろいろな学校を見て回り、「環境や雰囲気がよかった」ので、彼女をシュタイナー学校に入れることにしたのだそうです。写真を見せてもらいましたが、確かに自然に囲まれ落ち着いたいい雰囲気の学校でした。

 キーンレさんは、自由であること、独立した思考であること、精神的な妨げを取り去ってそれぞれの可能性を伸ばすことを、とても大切に思っているとのことでした。これらのことは、シュタイナー学校で学んでいく中で感じ取っていかれたことなのでしょう。

 そして、「人間は本来学ぶことが好きであり、教師はそのお手伝いをする存在。いつかは自分もそのような先生になりたいし、自分自身今でも学ぶことが好きだし人生に疲れてなんて全然いない」、このような自分でいられるのは、シュタイナー学校で学び育ったおかげではないか、とのことでした。


●しかし、先生はものすご〜く大変・・・

 最後に、今回通訳をしてくださった方から一言発言されることを、村山先生から提案されました。
 その方は、シュタイナー教育に関心を持ち、自分でもシュタイナー学校の教師になるべく、海外も含めたさまざまな場で学んでこられた方でしたが、今は札幌で臨床心理士としてオフィスを開いているのだそうです。

 その方は、シュタイナー学校の先生たちの大変さを間近に知り、方向転換していくことになったのだそうで、私は驚きました。日本でもアメリカでも、シュタイナー学校の先生たちの疲弊ぶりは大変なものであり、それは経済面にも及んでいるとのことでした。

 私は、日本においてはそうだろうなと想像していましたが、外国でもそうだとは知らなかったので、少々驚きでした。

 クラスは家族のようなものかもしれないと記しましたが、ということは、そのまとめ役であろう先生たちは、仕事と生活の区別がないような日常を送っているのかもしれません。これらのことをもっと詳しく聞くことができればとも思いました。今度はこの方をゲストに、この方が学んでこられたことや、なぜ方向転換したかについて、等などを深く聞く機会があればいいな、と私は思いました。


●シュタイナー教育から学び、地域に還元すること

 以前私はブログで「シュタイナー離婚」をしてしまった友人のことを書きました。
 そこで言いたかったのは、「自分の家の近くにシュタイナー学校があって、費用が高くつくものでなければ、自分の子どもをそこに入れるでしょう。でも現実的にその可能性はほとんどありません。子どもが小さなうちから家族離れて暮らしてまで‘いい教育’を追い求めていくのは、どこか違うのではないでしょうか」ということでした。

 この考えはやはり変わることはありませんでした。シュタイナー学校がいいものであり、そこから学ぶことはたくさんあることを知った上で、多種多様な人が集まる場でこそ子どもが身につけられるものがあることを信じて、地域の学校を応援していくことこそ自分の進むべき道だと思います。

●「同じ人たちとのいろいろな体験は‘寛容’さを育てる」

 シュタイナー学校で特長的なことの一つに、「同一担任制」があります。このことは私たち日本人にはなかなか理解しがたいことのようで、その負の側面についての質問がありました。

 しかしキーンレさんは、これにより、「寛容」の心を学んだと言います。いろいろなことはもちろんありますが、「人生とはそういうものであり、これにより人間関係を学んだ」というのですから、驚きでした。人間関係が悪くなったらそのまま固定しがちだし、いろいろな先生との関わりを持つべきだから、担任は1〜2年で交代するのが当然と考える日本のシステムや考え方とは大きな違いです。

 1クラスは30〜34人の共学だそうですが、それはいわば、「家族」のようなものなのかもしれませんし、シュタイナー学校ではそのように位置づけて対応、指導していくのでしょうか。

 ただし、キーンレさんも言ってましたが、「教師がしっかりしている」ことが前提です。シュタイナー学校の教師の選抜方法やその資質はどのようなものなのかを知りたくなりました。


●意思の訓練ー目標を高く設定し、限界を越えること

 キーンレさんが、第2段階の「人間の魂の発達」のところで話されていたことが印象に残っています。

 一つは、「正しい答えを出すことが重要じゃない」ということです。算数の教え方について、一例を上げて話されました。正しい答えを出すことよりも、その子それぞれの性格に合わせて伝えることを尊重し、教師は常にそのような対応をするのだそうです。

 もう一つは、それぞれにとっての目標が高ければ意思の量も増え、大きな進歩を遂げるので、その子にとっての限界までの難しいことを与えるように教師は対応するとのことです。キーンレさんは、何かの楽器を練習するにあたって、難しい曲を与えることを例に出していました。 
 
 上記のことは、私の実践しているらくだ学習でも重視している2点です。これを開発した方は、さまざまな教育の場に身を置いたり学んだりしてきた上で教材とシステムを作ったので、このシュタイナー教育で重視している対応法を取り入れたのかもしれないと、あらためて感じました。

 シュタイナー教育について関心のある方は多いことと思いますし、この教育について学んだ方も数多くいらっしゃることでしょう。私も、教育に関心を持ち始めた時にシュタイナー教育のことを知り、その内容、システムなどについて学び、体験談などの本を読んだり、この教育に対する考え方もさまざまにあることを知りました。

 今回、教育人間塾で、「シュタイナー教育で学び育った」ドイツ人女性、キーンレさんの話を聞く特別例会の場を設けてくださいました。シュタイナー教育に関してそれなりに知っている人は多くいても、「まさにそれで育った」方、それも「本場」であるドイツのシュタイナー学校で学び巣立った方の話を直接聞く機会というのは、なかなかないのではないでしょうか。

 主宰の村山先生も、「生の話を直接聞く」ことがなによりの学びだと考えていらっしゃったようで、私自身、これまで聞いてきた先入観を取っ払ってお話を聞くつもりでその場に臨みました。

 今回は特別例会として、人間塾メンバーの友人知人に声をかけてくださいとのことでしたが、フタを開けてみるとキーンレさんの友人知人や教育大の学生などが多くいらして、人間塾始まって以来の大盛況の会となりました。

 キーンレさんはドイツのシュットゥットガルト生まれの女性チェロ奏者で、小学校からドイツシュタイナー学校発祥の伝統ある学校で大学入学まで教育を受けたそうです。年齢については話されませんでしたが、私の見たところ、20代後半から30歳前後だと思われますー。

 キーンレさんのお話は、通訳を介して約50分、その後約1時間、会場のみなさんからの質問に答えていただくかたちになりました。今回、キーンレさんの話を伺う中で私が感じたことを、以下に記してみたいと思います。


●「あたたかくて安心、幸せな学校時代」の13年間

 キーンレさんはまず、自らの学校時代を振り返りながら、シュタイナー教育についての概要を話してくださいました。限られて時間内で短くまとめられた話は私にとってはわかりやすく、そのエッセンスが充分に伝わってくるいいものだったと感じました。

 キーンレさん自身は、物心ついた時からこの学校にいたわけですから、シュタイナー教育といってもそれは自分にとって当たり前のことでしかなかったわけです。今回この場で話すことになって、自分が受けてきた教育を振り返ることができたのは、貴重な機会だったとおっしゃっていました。

 シュタイナー教育の特長として、21歳までを3段階に分けて、その年代に応じて何を主眼にしてどんなことをしていくかが最も重要視されていることを話されました。

 第1段階(1〜7歳)は、「身体の発達」
 第2段階(7〜14歳)は、「人間の魂の発達」
 第3段階(14〜21歳)は、「人間の精神の発達」

ーということですが、私はこれらに関して詳しく述べることはできませんので、関心のある方はネット等で調べてみてください。

 こうして13年生まで来たら、この1年間はそれぞれが受けたい試験を選んで準備する期間に充てられるとのことでした。ドイツの通常の公立学校とカリキュラムは違っても、シュタイナー学校の生徒たちは大概いい成績を取って、志望する大学などへ進学していくとのことでした。

 キーンレさんは、幼い頃からチェロに関心を持ち、ずっと学んできたそうです。チェロは民間の教室で学び続けられました。学友たちで音楽家になったのは他にいなかったそうで、みなそれぞれさまざまな道に進んで行ったとのことです。

 キーンレさんは学校時代を振り返り、「あたたくて安心、幸せだった」と述べられていたのが印象に残っています。

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