さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

教育人間塾

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【自分は何のために子どもたちに教えるのか?】

●村山先生が、福澤の言葉と、現在の教育基本法などの資料との関連を述べながら、私たち参加者に問いかけたのは、「自分は何のために子どもたちに教えるのか?」ということでした。

 この問いかけは、私にとてもしっくりくるものでした。私自身が塾を開く際に、何度も何度も恩師である方から問いかけられたことと共通していたからです。

 「自分の教育観を自分の言葉で端的に伝えること」は、「子どもたちに何を伝えたいか」であり、その大元がしっかりしていると、子どもと瞬時に対応できるのです。これは指導上もっとも大事なことである、ということは、私の中で月日を重ねていくごとに明確になってきました。

 子どもとの対応は一瞬一瞬がいわば‘勝負’です。その際に頭に常に「伝えたいこと」があるか否かで、全然違ってきます。「その子それぞれが伸びていくために適切な声かけ」ができるかどうかなのですから。

 村山先生自身、ここのところはかなり力を入れられて、「教育の目的をどうひとりひとりの先生方が持つかはすごく大事なことで、これがしっかりしていない人が多いと思います」と後でお聞きしました。

●私の場合は…

 一言で言うと、「自立(律)」かもしれません。自分自身で生きていく力、そして社会の中で生きていく力、です。
 書いていて気づきましたが、これは福澤の言う「一身独立」と「交際」そのものなのかもしれません。

 それに加えて、「子どもは成長したいと思っている」という基本的な考えが私にはあります。そう考えると、どの子も「できるようになりたい」と本質的に思っているのですから、その力をいかに引き出す声かけをするかが大事だということです。

 その力を信じるところから始めれば、自ずと、へんに「強制」したり「押しつけ」たりする対応(指導)はしなくてもいいのではないでしょうか。そのことを私は、自分の子どもや教室の生徒と対応する中で、日々実践・研究している、と言えるかもしれません。

 とにかく私は、すべての子どもたちが、「自分の可能性にフタをせずに伸ばして行くこと」の援助をし続けていくことができればと思っています。

●今回の講座で村山先生から、「教育の目的をどうひとりひとりの先生方が持つかはすごく大事なこと」という言葉を聞くことができて、本当によかったと思いました。

 誰かからの受け売りではない、自分の言葉として持つこととともに、いつもそれを考え、人から問われたらすぐに答えられるようにするには、日々反芻して振り返ることが必要なのではないでしょうか。そのためにも、「書く」ということが大切で、それにより自分の言葉になっていく、と思っています。

 今回は、『学問のすゝめ』から離れ、『福沢諭吉教育論集』(山住正己編・岩波文庫)をテキストに、「教育の目的」の章を読み進めました。

《教育の目的は、人生を発達して極度に導くにあり。そのこれを導くは何のためにするやと尋ぬれば、人類をして至大の幸福を得せしめんがためなり。その至大の幸福とは何ぞや。ここに文字の義を細かに論ぜずして民間普通の語を用うれば、天下泰平・家内安全、すなわちこれなり》

●その後の教育に多大な影響を与えた福澤の思想ー

 村山先生は、資料として、「學生序文」、「教育に関する勅語」、「小学校令」、「国民学校令」、教育基本法(改正前・後)、日本国憲法第十三条・第十二条・第二十六条を用意してくださり、それらと福澤との関連を説明されました。

 それによると、ここでいう「天下泰平・家内安全」は、教育基本法にある「世界の平和と人類の福祉」にあたるとのことです。

《ゆえに天下泰平・家内安全の快楽も、これを身に享(う)くる人の心身発達して、その働を高尚の域にすすむるときは、古代の平安は今世の苦痛不快たることあるべし。余輩(わがはい)のいわゆる平安とは、精神も形体もともに高尚に達して、この高尚なる心身に応じて平安なるものを平安と名づくるなり。

 すなわちこの平安を目的とするところの教育の旨は、人生の働の一ヵ条をも空しゅうせずして快楽を得んとするにあり。足るを知るを勧むるにあらず(ほどほどでがまんしなさい)、足らざるを知りてこれを足すの道を求むるにあるものなり》

●「高尚」とは?

 ここに「高尚」という言葉が出てきますが、村山先生によると、この言葉も福澤の思想を表すキーワードとのことでした。
 高尚(英語ではdecency)とは、品格ある人間になるということですが、それこそが「人類至大の幸福」につながるということです。

 ここらへんは私の理解した中で説明するのは難しいのですが、「一身独立」と「交際」の中で「高尚」の域に達し、それは「人類至大の幸福」である…と、これまで学んだ言葉を使うとなるのかもしれません。

 崇高な理想を追求していた人だったのかと思うような、言葉の数々ーかもしれませんが、こと教育に携わる人間であれば、このくらいのことを志向する人間であっていいのではないか、と私は感じました。

《すでに交際あるときは、その交わるところの者は高尚にして美ならんことを欲するもまた人情なり》

《戸外の社会に交わりてその社会の美を観るもまた、我が精神の情を慰めて愉快を覚えしむるの術なり》

●「美」・・・
 「高尚にして美ならん」「その社会の美を観る」、等など、「美」という概念を大事にしているのも福澤らしいとのことでした。その意味するところをもっと知りたいと感じます。

《すなわち形体の安楽を売りて精神の愉快を買うものなり。人生の発達、そのまったきを得て、形体の安楽にかねて精神の愉快を重んずるの日にいたり、はじめて人類至大の幸福を見るべきなり》

《教育の旨は、形体と精神と両(ふたつ)ながらこれを導きて、その働の極度にいたらしむるにあり。ゆえに世に害他利身の輩あるは、教育の未(いま)だあまねからずして(行き届いていない)、人生の未だ発達せざるものなれども、平安の主義はおのずからその間に行われて故障を見ざるものと知るべし》

●ここでいう「形体の安楽」とは「物質的便利さに恵まれている」ことであり、「愉快」とは、英語の humor に近いものということです。

●怨望論の中から、以下に書き留めておきます。

《独り働きの素質において全く不徳の一方に遍し、場所にも方向にも拘わらずして不善の不善なる者は怨望の一箇条なり。怨望は働きの陰なるものにて、進んで取ることなく、他の有様に由って我に不平を抱き、我を顧みずして他人に多を求め、その不平を満足せしむるの術は、我を益するに非ずして他人を損ずるに在り》

《怨望はあたかも衆悪の母の如く、人間の悪事これに由って生ずべからざるものなし》

ー人間の悪事というものはすべて怨望に由来する、というのですから…「人類天然の働き」をもって、これに対処したいものですー。

《怨望は貧賎に由って生ずるものに非ず。ただ人類天然の働きを塞ぎて、禍福の来去、皆偶然に係るべき地位において甚だしく流行するのみ》

ーここでも出てきました、「人類天然の働き」。怨望は家が貧しいから生ずるわけではなく、「人類天然の働き」を妨げることにより禍いがやってくるというのですから、その重要性は多大なるものなのでしょう。

 確かに、今の時代に置き換えてもそれは通じることであり、殊に若者たちの間で頻発する事件の類は、まさに「人類天然の働き」を塞がれたことがその大きな要因にあるように私は感じます。

 「人類天然の働き」の言葉の意味するところを、今の時代だからこそ改めて吟味し、世に広く紹介していく必要があるのではないかとも思いました。

《人間最大の禍は怨望に在りて、怨望の源は窮より生ずるものなれば、人の言路は開かざるべからず、人の業作は妨ぐべからず》

ー私なりに言い直すと、
「人間の最大の禍い、不幸は怨望することから起こる。怨望は“窮”の状態にあるところから起こってくるものなので、人は自由に発言行動することが何よりも大事なのである」

《怨望に易(かわ)るに活動をもってし、嫉妬の念を絶ちて相競うの勇気を励まし》

《元来人の性は交わりを好むものなれども、習慣に由れば却ってこれを嫌うに至るべし》

《物に接するの勇なく、その度量狭小にして人を容るること能わず、人を容るること能わざれば人もまたこれを容れず》

ー人を受け入れることを心がけないと(オープンに人と接する心を持たないと?)、人からも受け入れられないよ、ということなのでしょうね。

《また人間の交際において、相手の人を見ずしてそのなしたる事を見るか、もしくはその人の言を遠方より伝え聞きて、少しく我意に叶わざるものあれば、必ず同情相憐れむの心をば生ぜずして、却ってこれを忌み嫌うの念を起こし、これを悪(にく)んでその実に過ぐること多し。これまた人の天性と習慣とに由って然るものなり。物事の相談に伝言文通にて整わざるものも、直談にて円く治まることあり》

ー「同情相憐れむの心」というのは、その文字そのままではなく、「他人と共感する心=親切、やさしさ」という意味とのことです。
 村山先生は、今の時代のメールでのやりとりのことを例に上げられました。それだけに頼ることは危険で誤解を生ずることが多くなりがちなので、最終的には顔を合わせて話すことにより、それこそ「円く治まる」とー。

《既に堪忍の心を生ずるときは、情実互いに相通じて怨望嫉妬の念は忽ち消散せざるを得ず》

《人生活発の気力は、物に接せざれば生じ難し。自由に言わしめ、自由に働かしめ、富貴も貧賎もただ本人の自ら取るに任して、他よりこれを妨ぐべからざるなり》

ー「人生活発の気力」というのも福澤らしい言い回しだとのことです。
 また、上の文章に「富貴と貧賎」という言葉が入っていますが、これは誇張しがちなかれの文章の特長からきているとのことで、ここは括弧に入れて読み取る方がいいとのことでした。
 
 当時3000万人の人口であった日本において、300万人の人が読んだという『学問のすゝめ』は、今のような単行本を出版する形ではなく、長年に渡って「一編」から冊子として出してきたものだそうです。
 「庶民を啓蒙する」意図もあるために、当時としては読みやすく、また、一部誇張して表現するという方法を取ったのだろうということでした。

 今回は、十三編「怨望論ー怨望の人間に害あるを論ず」を読みました。

 教育人間塾は、毎回私にとって大きな気づきとなる貴重な‘学び’があります。
 それは、テキストにある福澤諭吉の言葉だったり、講師の村山先生の講義からだったり、参加された方の発言からだったりするのですが、今回は福澤からまた一つ、大切にしていきたい言葉をいただいたという思いがあります。

【人類天然の働き】
 上記の言葉は、独特のニオイが漂ってくるような、福澤らしい言い回しのように感じます。ここの部分を抜粋します。

《怨望の人間交際に害あることかくの如し。今その源因を尋ぬるに、ただ窮の一事に在り。但しその窮とは困窮貧窮の窮に非ず、人の言路を塞ぎ人の業作を妨ぐる等の如く、人類天然の働きを窮せしむることなり》

 ここにある「窮」という言葉もキーワードなのですが、ここの文章に関連する部分が三編に収められているということで、紹介してくださいました。

《人を束縛して独り心配を求むるより、人を放ちて共に苦楽を与(とも)にするに若かざるなり》

 私は福澤のこれらの言葉は今に通じるものであり、子育てや教育のみならず、人との対応全般において、もっと意識し重要視するべきものだと感じました。

 私の言葉にすると、「まず‘聞くこと’を尊重し、いつも心をオープンにすることを心がけると、いい縁が巡って来て幸福な人生を送ることにつながってきますー」、といったところでしょうか。

 それにしても、「人との付き合いにおいては“人類天然の働き”を押さえつけるな!」と言っているのですから、福澤という人にますます興味が湧いてきました。

●怨望は‘衆悪の母’であり、その根っ子には“窮”があるー

 怨望論と言いつつ、結局は人間交際や人の道という、いわば「当たり前」のことを、その当時福澤は敢えて説いていたのは、「庶民を啓蒙」するためだったのかと先生にうかがったところ、そういうことだったとのことでした。

 私はついつい、時代劇のドラマにあるような、江戸の長屋の物語のようなものを思い起こしましたが、そのようなことをイメージするのも、福澤が敢えてこれらの説を説く理由を感じ取る一助になるかもしれません。

 それぞれの人にとって、今何が「窮」であるかを考えてみるのも、今と具体的につなげて考える方法だとも思います。

 その後の質疑応答の際には、村山先生は「窮」をひとつのキーワードとして、みなさんからの意見に返答していました。

 今回は第八編を読み進めました。
 「我が心をもって他人の身を制すべからず」がテーマです。
 ここは、福澤の人間観を知る上で大事なところだということですが、私も大変興味深く彼の人間観を学ぶことができました。

 この編の冒頭で、アメリカのウェイランドの「モラルサイヤンス」という書の中で、人の身心の自由を論じた部分があり、その大意を紹介していましたが、村山先生はそこが「福澤らしい文章」ということでした。以下に抜粋します。

《人の一身は、他人と相離れて一人前の全体を成し、自らその身を取扱い、自らその心を用い、自ら一人を支配して、務むべき仕事を務むる筈のものなり》

 その後に続いて五点上げて説明を加えていますが、それらは《人に欠くべからざる性質にして、この性質の力を自由自在に取扱い、もって一身の独立をなすものなり》ということでした。以下に五点記しておきます。

 第一、人には各々身体あり。
 第二、人には各々智恵あり。
 第三、人には各々情欲あり。
 第四、人には各々至誠の本心あり。
 第五、人には各々意思あり。

 福澤はまず最初に、
  “人=一身”を説いているところが、当時としては非常に斬新であり、
   現代においても‘新しい’と言える思想を持っていた、
 ということが、私としてもとても興味をひくところでした。

 ここのところは、学んだことを言葉にして表すのはまだまだ難しいのですが、
 自分自身の記録として記しておきたいと思います。
                      *

 “まず人はひとり一人別々の身体をもっている”
   身体と心はつながっており、身体は人間そのものであり、自然の産物だということ
   そしてそれは絶対‘不可侵’であるべきものであるということ
 その根っ子には、“一身独立”の考えがある

 しかし、その一方で福澤は、
  “交わり”を、「世の益をなす」ものとして、欠くべからざるものとして説いた

  一身独立を謳いつつ、なぜそれだけではダメなのか、
  “交際”が必要か、彼は強い信念をもってそれを説いた

  独立の活計(活発に生きて働く)
  不覊独立
  蟻の門人

  人=万物の霊
                        *
●福澤のキーワード
 最後の方に、見慣れない言葉を羅列してしまいましたが、福澤を知るためのキーワードだと思うので、頭に入れておきたいと思います。

 最後に突然、「万物の霊」という言葉が出てきたのが、おもしろいなぁと思ったところでもあります。この人は最終的に何が言いたいのか、ますますわからなくなってくるような言葉ですが、単純にわからないからこそ、おもしろいのでもあると私は感じます。

●身体・身と弓・身ずから(自ら)・・・
 村山先生は、身体という字には、「身」と「弓」を合わせた字もあり、身体というのは自分のもの、だから不可侵なのだとも説明してくださいました。
 漢字の由来とはおもしろいものです。「弓」は人間の体躯から来ているものなのだそうです。
 そして、「自ら」という言葉がありますが、それは「身ずから」に通じる言葉でもあると…。う〜ん、深いなぁと思います。
 これらのことを知って、自分のそれこそ‘身体に落としていく’ことが、“教養を身につける”ということなのではないか、とフト思ったりもしました。

●「自ら(みずから)」と「自ずから(おのずから)」 
 最近読んだ田口ランディさんの本に、「自」の字には、「自ら(みずから)」と「自ずから(おのずから)」の二つの読み方があるとあったことを思い浮かべました。

《この一つの漢字で二つの読み方をする両義性、自立性と他立性と一致した(あるいは、自律性と他律性の交差した)ところに立ち上がってくる「存在」の問題》

 福澤のテーマとも合致してくるのではないかと感じました。

●これだけ徹底的な近代的見方をした人は他にいないのではー
 村山先生が上記のように述べられました。そして、「男女関係においては非常にラディカルな思想の持ち主」であるとのことです。
 これらのことも、非常に私の興味をひきました。なぜ福澤はこれほどまでのことを学ぶことができ、それを思想として昇華することができたのかー。

 村山先生に尋ねると、福澤の母は所謂「賢母」と言える方で、その母親にとても影響を受けたのではないかということでしたし、緒方洪庵の適塾に通い、それこそ徹底的に勉強を重ねたということでした。
 先生に「自伝」を読むことを勧められましたので、読んでみようと思います。

●内田樹(うちだたつる)の思想と通ずる−
 私は内田さんの本を読み、とても影響を受けていますが、彼が伝えたいことも、「人は一人では生きていけない」「人は人の中でこそ人になり自分になる」ということだと、私は解釈しています。
 教育人間塾に通い、福澤の考えを学んでいくにつれ、彼もそのことを強調しており、それを伝えたいのではないかと思えてきました。

 当時の第一線の思想家が、現在の第一線の思想家(と勝手に私が思っているのですが)の考えと同じであるということが、私にとっては驚きです。
 さらなる学びを進めていくのが、とても楽しみになってきました。
 ちなみに、内田樹の最新刊は、『ひとりではいきられないのも芸のうち』です。味わい深いタイトルだと思いませんか?

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