さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

サッカー・羽中田昌

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

 毎回ブログを発信すると、関連するキーワードから他の方の書いたブログが表示されます。
 昨日は羽中田昌さんのことを書いた後、以下の言葉に出会いました。
                         *
 「フランスに行った時、クレールフォンティーヌのINFで校長をされているメデルさんという方に『INFではトレーニングメニューの計画を立てているんですか?』と聞いたんです。

 すると、『おまえ、何言っているんだ。プログラムだけ立てて、その通りに進めようとする指導者がいるからダメなんだ。目の前の子どもを見て、何が足りないかを考えて、これを使用、達成できたら、じゃあこれをしようと考えるのが指導者の仕事だろう』って言われた。p129
                         *
 このようなことを海外で学んできたのだとしたら、やはり羽中田さんはものすごいものを学んできたのだろうなと思いました。

 もちろん上記に記したことは、サッカーだけに通用することではなく、広い意味での「教育」全般に当てはまり、それに携わる指導者すべてに通じることでしょう。

 らくだ指導にも「マニュアルはない」と言われてきました。常に目の前の子どもとの「コミュニケーション」であり、その子が発するものすべてを感じ取った上での「指導」です。

 教室に入ってきてからプリントをやるまでのしぐさや表情、やっている最中の状況、やり終わった後の表情を感じ取り、答え合わせをして出た結果を共に見た上での次の「提案」、そしてそれに伴うやりとり、これらのことに長い時間費やすわけではありませんが、短い間にしなければならない大切なことです。

 子どもは毎回変わります。常に成長しています。そして、「成長したい、できるようになりたい」と心の底で思って生きています。それを「信じて」対応することなしに、らくだの指導者は務まりません。

 日本テレビ系列で日曜夜中に放送されている「ドキュメント09」で、お二人を取材したドキュメンタリー番組が放送されました。
 以前このブログでも羽中田さんのことを書きましたが、1時間の拡大版のドキュメンタリーとして放送されるとは驚きでした。

 内容は、羽中田さんが高校サッカー選手権で活躍し、将来を嘱望されていたときの映像から、交通事故で下半身不随になり失意のどん底にあったときの映像、そしてまゆみさんとの出会いから彼女の言葉に励まされての再起、Jリーグの発足に伴い高校時代共にサッカーをしていた仲間たちの活躍に触発されて指導者を目指すに至った経緯、スペインへの留学と苦悩と喜び、日韓共催ワールドカップ開催に伴っての帰国と日本で指導者へと歩む姿・・・

 まさに、羽中田さんのこれまでの歩みが網羅されているようなドキュメンタリーでした。

 数々の苦難と試練を乗り越えて、彼は昨年Jリーグ下部組織に属している香川県の「カマタマーレ」に、監督として迎えられました。そして1年間のリーグ戦を経て、徳島県の強豪を破っての優勝となりました。上のリーグとの入替戦には負けてしまったようですが、監督1年目にして大したものだと思います。

 カマタマーレに監督として迎えられたのは、ここのオーナーが高校時代の羽中田さんの活躍と、それ以降の苦難の道をずっと注視して来られて、ぜひ自分のチームの監督にということで声をかけたのでした。将来のサッカー界を背負って立つ大器として期待されていた羽中田さんですが、その後の歩みも見つめ続けてこられた方も大したものだと思います。

●私が彼のことを知ったのは、彼がまだ韮崎市役所で働いていた時代、お連れ合いのまゆみさんとお仲間たちが主催した地域のお祭りに、ジンベの仲間たちの縁で呼ばれたからです。羽中田さんのことは、「サッカーで高校時代大活躍した方」と聞いてはいましたが、当時サッカーに関心のなかった私は、彼のことを知りませんでした。

 羽中田さんのご自宅に仲間とともに泊まらせてもらったことはよく覚えていて、昔ながらの趣のある家だったと記憶しています。羽中田さんは仕事で遅く、ほとんど顔を合わせられなかったのではないかと思います。その後もまゆみさんとは、彼女が気功などに関心があることから、私も仲間を通じてお会いすることが何度かありました。

 今回のドキュメンタリーで、彼女が気功やマッサージを学んでいたのは、羽中田さんの身体が少しでもよくなるようにとのことと、海外で暮らす際に彼にはサッカーの勉強に集中してもらいたいがため、「仕事」としてできるようにとの思いからであることを知りました。

●「今」のお二人の映像を目にすることができて、何だか私も熱いものがこみ上げてきました。
 事故で下半身不随になった青年がサッカーの監督を志してから約20年、とうとうJリーグの監督資格を取得し、実際に下部リーグの監督になったのです。この先Jリーグの監督、さらには・・・ということも、現実として近づいているのですから。

 あのとき羽中田さん宅を訪れてからの自分の身を振り返っても、いろいろあったなぁ…と思います。自分なりに「苦難の道」であったわけですがー。

 羽中田さんはスペインに留学した際、入れるはずの指導者研修に、「実技ができない」ということで当初の話とは違って入れなくなりましたが、「目標は逃げて行かない」とのまゆみさんの言葉で立ち直り、正式には入れなくても自主的にその場に通い、やがて入学を認められたということでした。

 そして彼は、実技はできませんが、ビデオを使ったりこれまで学んで来た理論をわかりやすく説明したりし、実技ができないことを補うに余りある指導をしているのではないかと私は見ていて思いました。
 彼は常に、「上を向いて笑え」と選手に伝えているそうです。「笑うことができないチームは強くならない」とー。

 まゆみさんは今も、カマタマーレのチームの選手を練習後にマッサージしたり、栄養補給のおにぎりを握ったりと、チームを常にサポートしています。

 これからもずっと、私は羽中田さんを応援していきたいと思っています。いずれコンサドーレ札幌の監督として来てくれたら最高なんですが、雪の北海道は車椅子ではキツいかな?いや、札幌ドームですしそんなこともないでしょう。

 《もしも、最初にキニエラ(サッカーくじ)の配当金を手にしていたら、どうなっていたのか。お金の苦労はしなかったはずだ。つまり本を書くことなどなかっただろう。お金がないという状況が僕に三冊の本を与えてくれたのである。

 また、バルセロナで二番目に苦労したのは言葉。日本を出る前、言葉の準備をまったくしていなかったため、当初、スペイン語はちんぷんかんぷん。冷や汗をかきながらスペイン語学校の入学手続きをし、滞在許可証の申請をした。妻と辞書を引きながら、幾通りものスペイン語の文章を作って滞在許可証申請文の作成に挑んだ。

 配当金を手にしていたなら、きっと通訳の人を頼んで簡単に済ませていたに違いない。この苦労が後々スペイン語の上達につながり、より多くの経験と友人を得ることができたのだ。
 バルセロナのコーチングスクールで知り合ったアグスティーンは、私のために授業の内容を分かりやすくまとめたノートを作ってくれた。

「マサシが頑張っているから、協力するんだよ」
 ウインクしながら手渡してくれたことは忘れない。
 さらにウインクしながら手渡してくれたことは忘れない。

 さらに、僕は歩くことができない。この歩けないの「ない」が、多くのものを与えてくれる。たとえば人の優しさ。歩けていたときよりも、たくさんの優しさを受けている。
 「ない」ということ、それは大きな可能性を秘め、多くのことを与えてくれるのだ。「ない」って捨てたものではない。
 
●羽中田さんは、サッカーくじを買ったら当たっていたのに、それに後で気づいて当時とても後悔したことがあったのだそうです。

 しかし今になって思えば、それが当たっておらずお金に困っていたからこそ、スペインで生活するために四苦八苦して本を書いたということでした。

 言葉の問題にしろ、自分自身が苦労して覚えようとしていなかったら、習得できていなかったかもしれないのでしょう。

 さらに車椅子に乗っているからこその出会いもいっぱいあったことでしょう。

 そう考えると、「ない」からこそ、欠けているからこそ、そこには大きな可能性があるし、多くのことを与えてくれるという羽中田さんの言葉に私も共感します。

 でもこのことってもしかしたら、これまで意識していなかったけれども、日常生活を送る上で当然のことなのかもしれません。

 「できない」からこそ「できる」ようになりたいと思いそれに向けて努力するのですから。

 人間が生きていくっていうのは、常に「初めてのことにぶつかって、それを乗り越える」、その繰り返しですよね。

 そう考えると、初めてのことができなくても当たり前だし、それを人と比べる必要もない、「初めてのことを躊躇せず飛び込んで行く」、それが「生きる力」なのかもしれないと、フト思いました。

 以前ブログでもご紹介した、羽中田さんの本を読み終えました。

 車椅子のサッカーコーチになる、それだけで大変なことですが、「S級(Jリーグの監督にもなれる資格)」を取得するというのですから、それはもう並大抵の努力ではないはずです。
 この、誰もやったことのないことに挑戦する意欲はどこから来るのか、それを私は知りたいと思いました。

 この本を読んで思ったのは、お金も仕事のメドも何もない、さらにサッカーコーチの勉強ができるかどうかすらわからないままに、「スペインへ行ってしまった」、この決断がすべてだったのではないか、ということです。

 彼はスペインに5年滞在し、日本に帰国してからは、外国のサッカーの解説者の職を得、そして高校のサッカーチームでコーチとしての修行をし、「S級」取得へ向けて全力を傾けました。
 その長い道のりは、お連れ合いのまゆみさんの協力と励ましなくては達成できないかったことでもあったのでしょう。

 以下、本文よりー

《「俺たち指導者は理不尽でいい。理不尽でなければダメだ。
   社会に出たら、子供たちは、もっと理不尽な目にあう。
       高校三年間は人生のウォーミングアップだ」》  (高校サッカーの恩師の言葉より)

●このことは、私自身の子育てでも意識していますので、共感しました。
 「父親というのは理不尽なところがあって然るべき」だと私は思っています。

 子ども、特に男の子というのは、いつかは父親を乗り越えていくものです。父親はある意味大きな壁となって立ちはだかって、それを乗り越えるという体験を経ているかいないかで、その後の人生違ってくるのではないかと思うからです。私自身、父親を乗り越えたと感じた瞬間がありました(それは寂しい気持ちも共に味わうものでした)。

 特に今の時代は、「いい学校に入っていい会社へ入らないとー」という親の思いで、子どもは勉強さえしていればいいという考えでいたりすると、壁を乗り越える力が育たないまま社会へ出ることになり、そこで茫然と立ち尽くすだけ、ということになりがちではないでしょうか。社会へ出ると、理不尽なことだらけですからね…。

 私の父親も理不尽で、思春期を迎える頃から、「父親のようにだけはなるまい」と心に誓って育ってきたようなものです。憎悪の対象ともいえる存在でした。でも今振り返ると、それがバネになっていたんですねぇ。反面教師とはよく言ったもので、そういう父親であってくれたからこそ今の自分があると思えるのですから、人生本当に何がどうなるかわからないものです。

 ただ、根底には「暖かかった家族の思い出」がありますし、幼少の頃にはよく遊んでもらった記憶も残っていますから、そのような時を経ていればこそ、なのかもしれません。

 らくだ教材は、その人それぞれにとっての壁を乗り越える、それも自分の力で乗り越える、その繰り返しです。「壁を乗り越える力をつける」ためのツール、考えてみるとこんな教材は他にないのではないでしょうかー。

 この本も、たまたま図書館の「新刊コーナー」にあったので借りてみた本でしたが、とてもおもしろくまた参考になりました。「感性」に関して、私も日頃いろいろ感じることがありましたのでー。
 そして、また、「教育」につながる話も多く出てきました。彼の指導者論は、らくだメソッドの指導者像とほぼ共通していたことに驚きました。

 それにしても、岡田監督は多方面のことがらに造詣が深く、今後の彼の動向、つまりしばらくはサッカー日本代表の動きがこれまで以上に気になってしまいそうです。コンサドーレ札幌の監督だったこともありますし、一層身近に感じてファンになってしまいました。
 以下、本文から抜粋です。

【ゴールを入れる嗅覚】

《ロナウドなんか一試合何もしないけれど、ポンって点を入れて終わり。全体が見えているという直感かな。直感というのは、今までのいろんな経験の積み重ねでしょう。それは自分で意識していない、無意識の世界に入っているのだろうけれど、子どもの頃遊びでサッカーをやっていた中で、こういうところへよくきたとか、すりこまれているものじゃないかな》

●「全体が見えているという直感」という言葉はスゴイですね。
「今までのいろんな経験の積み重ね」か・・・。

【バーチャルな生活スタイルの感性への影響】

《どんなスポーツをやっても、どんな文化的なことをやっても、どんな勉強をやっても、バーチャルなコミュニケーションしかしないというのは、サッカーがうまくなるとかそんな問題じゃなくて、人間としての機能不足というか、成長を阻害していると思う。
 このままでは日本という国が大変な国になってしまうという危機感を持っている。スポーツ以前の問題として、ケータイだけじゃなくて、社会のシステムとか体制がリアルなコミュニケーションというものをどんどんなくしているということはものすごく大きな問題だと思う》

●人間的ふれあいを削がれてしまっているような環境にある子どもたちをどうしたらいいのかー
 今の社会では個人個人の力に頼らざるをえないのでしょうが、それでは限度があります。もっと根本のところから変わっていかないとー。

【素直さと純粋性はなぜ必要か?】

《志岐:「アスリートとして一番大切なものは何でしょうか」と王監督にお聞きしたとき、「素直さと純粋さでしょうかね」とおっしゃっていました》

《言われたことをただそのとおりにやるという意味の「素直さ」ではなくて、言われたことをまず聞く耳を持ち自分の頭で考えるという「素直さ」だと思う。俺が「指導者の仕事は、育つ育てるよりも気づく気づかせるだ」っていうのはそういうこと。スポーツでこれから世界へ行って闘おうと思ったら違うと思うんだよね》

《みんな現実を受け入れたくないんだよ。それをきちっと見つめる勇気。自分自身に対する素直さ、スポーツに対する素直さ》

《自分にとってパーフェクトな環境なんてない中でできることにベストを尽くすしかないんだよ》

●言われたことをまず聞く耳を持ち自分の頭で考えるという「素直さ」、これがあるかないかで「成長」の度合いは違ってくるのでしょうね。
 「現実」を受け入れられる基でしょうし、現実を受け入れ自覚すれば、必然的にどうすればいいかを考えることになる。

 「指導者の仕事は、育つ育てるよりも気づく気づかせるだ」というのはすべての分野に通じるものだと思います。
 そして、どんなことでもどんな環境でもベストを尽くすこと、これができるかどうかで、将来は変わってくるー。

※『岡田武史監督と考えた「スポーツと感性」』
      (志岐幸子・日本経済新聞出版社)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
tomoto
tomoto
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事