さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

雨宮処凛

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ | 次のページ ]

 以下、本文よりー

《雨宮:高校生のころです。いじめを受けたのは中学生のときで、そのときはコンパスの針で手を刺したりとか、リストカットではない自傷行為をしていました。いじめの遭っているときは感情を出さないようにしているので、表面上は精神的には問題がないように見えたかもしれませんが、本当は強迫神経症みたいな感じで、半分狂っていたような状態でしたね。

 高校に入るといじめがぴたりと止んだので安心していたら、逆にそれまで封印していた怒りや悔しさの感情が爆発するように出てきてしまって、リストカットとか家出とかをしていましたね。そんなころに自分の受けたいじめと教育の問題なんかについても考えるようになりました。実は自分だけが悪いんじゃなくて、いじめの原因は教育のあり方にもあるのではないか、と。

 そんな教育に対しての疑問が決定的になるのは、前回にもお話ししましたが、高校卒業直前にバブルが崩壊してからです。それまで「とにかく頑張ればいい大学に行けて、いい会社に就職ができる。それが唯一の幸せになれる道なんだ。そのために、いまの受験戦争を何が何でも頑張れ」と言われ続けてきたんですが、いくら頑張っても就職もできない社会状況になって、学校で言われ続けてきたことはまったく嘘だったんだ、と思わずにいられなくなった。

ひどいいじめが蔓延するなか、半分ノイローゼになりながらも受験戦争に邁進してきたのに、結局梯子を外されたような気持ちになったことが、のちに「学校では教えられない靖国史観」が腑に落ちてくる土台になったと思います。》


●私もエスカレーター式に大学まで行き、大学に入ってこれからの自分の人生を考えた時に、大きな疑問にぶちあたりました。そのとき雨宮さんと違って「右」へ行かなかったのはどうしてだったのか、と今でもたまに思います。

 父親の共産党の活動には何ら関心がなかったと思っていますが、物心ついた頃から父親の言動を目の当たりにしてきたわけですから、知らず知らずのうちに、「右系の体質」(?)ではなくなっていたのかもしれません。

 しかし、40代に入り家庭を持ち子どもを持ちの生活をする今では、左も右も関係なくその人それぞれの思想に共感できるかが自分自身の選択の基準になり、それまで見向きもしなかった?いわゆる右系の人の書物を読むようになりました。

 雨宮さんの今の考えに私はほとんど共感していますし、「入り口が違っただけで行き着くところは同じ場所」の人は、世の中に多く存在しているのだと感じます。

 人は回り道をしないと本当の自分のことはわからない、と思える今日この頃ですー。

 対談によって、お二人のこれまでの歩みをよく知ることができてよかったです。特に滝川出身の雨宮さんの受けて来た学校教育に言及する部分は、私も滝川の近くの芦別に住んでいたことがあるので、その当時を思い出し、頷ける部分がありました。「北海道の教育」に言及していた佐高さんの見識にもなるほどと思わされました。

 最近も滝川の中1生が自殺しました。まさかもう起きるはずがないだろう…と思っていたことが起きてしまったのです。雨宮さんの時代、そして数年前の「いじめ自殺隠蔽事件」、そして今回の件、これらはすべて同じ地域で起こっているのですから、そこに何らかの理由がないはずはないでしょう・・・。
 
 以下、気になった部分を抜粋しておきます。

 [第1章 廃墟に閉じ込められたフリーター]から【廃墟に閉じ込められる若者たち】より

《雨宮:私は戦争前のイラクに行っているんですが、私の知人はイラク戦争が始まってからイラクへ行きました。彼はイラクに何か月か滞在して、何人ものイラク人が死ぬのを見て、戦争はおかしいと思って日本に帰ってきた。そうしたら、日本では彼の友達が何人か自殺していたんですね。彼はそのときに「日本とイラクとどっちが戦場なんだろう」と言っていました。

 イラクでは多くのイラク人が米軍に殺されている。かたや日本は「平和」と言われているのに、若者が自らを殺してしまう。イラク戦争が始まってから二年間のイラクの民間人の死者と、同時期の二年間の日本の自殺者を比べると、日本の自殺者のほうが多いんです。これはやはり異常な事態だと思います。これだけ人が死んでいるけれども、ここが戦場だとは理解されないし、誰にも見えない。》


●年間自殺者3万人以上、未遂を含めるともっと多く、また自殺は残された遺族や友人知人たちに多大な影響を与えると言います。それを考えると、「自殺」に影響される人生を送ることになる方は、10万、20万、と膨大な数になります。
 自分の身近で起こらなかったらそれこそ「人ごと」としか思えない日本における自殺者の増大は、実はいつ自分の身に降り掛かるかも知れない「自分ごと」として考えるべきことなのだと思います。

 ましてや、「イラク戦争の二年間のイラクの民間人の死者より同時期の日本の自殺者の方が多い」というのは、異常と言わずしてなんと言うのでしょうかー。

以下、本文より抜粋ですー
 
《当時、政治について語り合える人たちと集まると、よく『戦争論』の話になった。みんな口をそろえて言ったのは、偽善的な学校の先生に教えられた歴史への反感だった。いかに自分の学校の先生があの戦争を悪く言ったかを語り合った。どこかで学校に対する反発を引きずっていた。だって、学校で教えられたことは全部嘘だったのだ。

 一番の大嘘は、自分たちが社会に出たとたんにバブル経済が崩壊し、就職氷河期の時代に放り出されたことだった。同時にオウム事件や阪神大震災によって、戦後の価値観や世界が目の前で崩れていくのを見た。不況やグローバル化した経済によってマトモな就職も難しくなり、学校で教えられた価値観では食べていくことすらできないことを多くの若者が身をみって感じていた。帰属先がほしかったのも、日本人の誇りがのどから手が出るほどほしかったのも、それとは無関係ではなかっただろう。

 「学校」「教育」に対する反発が、『戦争論』の支持につながった。私ができるこの社会への異議申し立てが、学校で教えられた歴史を否定し、『戦争論』を読むこと、そして右翼団体に入り、『戦争論』のような世界について演説することだった。》

 【一水会代表・木村三浩さんとの対談より】

《「それは中学の反面教師のおかげですよ。表層しか見てなくて、戦争はよくない、二度と子どもたちを戦場に送らないと言うだけ。あと、自分の親父は戦争に行って戻ってきた人間だけど、日本だけがバッシングされてしまうことへの違和感があったみたいで、そんな影響もあった」》

●雨宮さんも木村さんも同じように、「教師の偽善」が後の人生に大きく影響しています。
 このことをしっかり考えないといけないのではないかと私は感じます。教師(たぶん親も)は、「正義」を語るだけでは、子どもに何も伝えられないどころか、まったく意図するところと違う部分で行動に影響を与えてしまうということです。

 「反面教師」とはよく言ったもので、受け取り方は個々それぞれでいいし、そうしかなりようがないのでしょうが、それにしてもこれだけ「負の遺産」?を子どもに植え付けているという事実を自覚することのない教師がいる学校というのは、雨宮さんならずとも居心地はよくないでしょう。子どもたちへのよくない影響は、「いじめ」という形で表れる場合も少なくないはずです。

 「正義」を語るのではなく、「自分自身を偽りなく」語ることこそ、「教育」と言えるのではないかと私は思います。

 小林よしのり氏の『戦争論』ー出版された当時私は、「こんなもの読むヤツの気が知れない」とまで思って嫌悪感さえ抱いていました。でも今は、読んでみてもいいな、という気になっています。今の時代が生み出して多大な影響を若い人たちに与えた本です、いったいどんな内容に若者たちが惹かれたのかを知っておくのは必要なことでしょう。それを読みもしないで拒否しているだけではダメなのではないかーと、ようやく思えるようになってきました…。


 【矛盾だらけの世の中で】より

《右翼の人、左翼の人、まったく違う考えもあれば、不思議と似ている部分もある。でも、右翼、左翼で共通しているのは、どちらも「現状のままでいいとは思っていない」ということだ。その理由、解決方法をどこに求めるかが、人を右翼と左翼に分けるのだろう。だからまったく正反対ではなく、心情的には近いところにいると思う。》

《矛盾だらけのこの世界を変えようと思うのか、それとも、どうせ変えられないとあきらめるのか。私はやっぱり変えたいと思う。自分はどうせ無力だとあきらめてしまいたくないからだ。そして同じように世界に疑問を感じ、変えようとしている人たちと語り合い、一緒に活動することはたまらなく「面白い」からだ。

 時々、20代、30代、40代なのに、まったく政治などについて無関心な人がいる。そんな人と会うと、驚くと同時に、不安じゃないのかとつくづく思う。自分が生きているこの社会について知らないことは、私にとってはとてつもなく怖いことだからだ。》

●この本は、「14歳の世渡り術」となっています。「右」も「左」も、それこそ分け隔てせず、雨宮さんご自身の体験から語っているこの本はとてもいいので、ぜひ読んでもらいたいものだと思いますがー。

 私はあらためて、自分の仕事は、「私自身の価値観を押し付ける」ことではなく、「自分の頭で考える」子どもたちを育てることだと強く思いました。

上記の本を読んでー

○本書より:「プレカリアート【precariato】」
 「Precario(不安定な)と「Proletariato(プロレタリアート)」の造語。
 不安定な雇用・労働状況における非正規雇用者・失業者を総称していう。

○本書より抜粋:「NPO法人・自立生活サポートセンター・もやい」事務局長 湯浅誠氏の言葉

 「政府がやろうとしないことを、私たちがやる。」

《ーところで、湯浅さんは本来行政が取り組むべきことを、「貧困ビジネス」はビジネスとして営利活動にしていることを指摘されていますが、そのことについてのお考えをお聞かせください。

「まず、昨年、アメリカのホームレス数が70万人と発表されました。そのうちの40万人はシェルターに泊まっています。これは行政が運営する公設民営のシェルターです。ドラッグや窃盗の温床となっているというデメリットもありますが、日本にはこの施設は存在しません。だからお金がなくてもネットカフェに泊まらなければならないのです。

 また、欧州では国の規制で「サラ金」がありません。これも国が何とかすれば日本にも存在しなくなるはずです。

 『貧困ビジネス』は、規制緩和で行政が公的領域から撤退した結果、公的事業の隙間を狙って広がってしまったビジネスだと思います。その意味では、政府がお金のない人が優先的に入れる公営住宅をきちんと作れば、スマイルサービスやレストボックスなどを使わなくて済みます。

 あまり知られていませんが、日本にも公的な低家賃宿泊所は、東京に単身者用で183部屋あるので。この存在を、ネットカフェに住んでいる人は誰も知らない。しかし、183部屋だから全員が利用できるわけではない。そうなると結局、住宅政策などの公的政策の問題であり、やはり行政がきちんと運営すれば、貧困ビジネスは儲からなくなって自然に衰退していくはずです」》

●本当に、政府が何の施策もしないとすれば、政府がこのままでいい、つまり、「貧困に喘いでいる人がいて当然」と考えているとしか思えません・・・。
 子どもたちに、未来は明るいものである、と伝えることができない国って、いったい何なんでしょう。

 4月20日(日)、満席となったシンポジウムに参加してきました。感じたことをアットランダムに書き記しておきたいと思います。

●チケットがないー

 一週間程前に参加申し込みをしたところ、すでに定員300名分のチケットは予約済みということに驚きました。このような催しが人でいっぱいになるなんて、私は全然予想していなかったからです。
 当日券は販売しないということでしたので、一度は諦めましたが、その後主催者の方から、キャンセルで戻ってきた分のチケットを譲り受けることができたので、無事参加することができました。感謝です。

●会場は人でいっぱいー

 私は開会の挨拶をしている時に入ったのですが、会場の大会議室は人でいっぱい、身動き取るのも大変なくらいでした。おまけに当日は例年にない暖かい日だったので、会場の中も暑くTシャツ一枚でも汗が出るくらいでした。
 そんな中、午後1時から終わりの6時半過ぎまでの長丁場のシンポジウムでしたが、私にとって飽きることのない、有意義な時間だっとと感じます。

●何といっても雨宮さんー

 会場はわりと年配の方が多く、『週間金曜日』とその読者会の主催なのでさもありなんということなのでしょうか。それにしても人が多く、また私の年代(45歳)やそれ以下の方々もある程度来ていたのは、雨宮処凛さん(『週間金曜日』編集委員、作家)がメインゲスト?だったからに他ならないでしょう。一部も二部も参加するのは彼女だけですし。

●‘老人力’の加藤多一さん‥?

 前半の時間が押してしまい、後半の各パネリストのみなさんのトークの時間が減ってしまったのが残念でしたが、それでもそれぞれの方の立場と個性を生かした発言は、とても興味深くまた参考になるものが多くありました。
 中でも、加藤多一さん(童話作家)の独特のしゃべりと発言は、大いに場を盛り上げてくださいました。

 司会者の質問を無視して?、「“インディーズ”系メーデーと言われても“インディーズ”っていったい何ですか?“独立”の意味なら“独立”でいいじゃないですか」「今日は雨宮さんに会いたいと思って来たので聞きたいんですが、あなたはいろいろ危険なところへ出かけたりしてますね。いったいあなたのどこにそのような力があるのか不思議に思っています。その帽子や髪の毛(金髪で長い)からですか?」とおとぼけ気味の問いを投げかけていましたが、それらの問いは会場の多くの方が聞きたかったことであり、加藤さんは場の雰囲気を察知して代弁してくれたと私は感じました。それはあの場では加藤さんしかできないことだったのではとも思います。

●雨宮さんは、真摯に聴く姿勢がどこの団体のどんな人からでも受け入れられたー

 加藤さんの問いに応えた雨宮さんも印象的でした。
 右翼団体に行こうとも、北朝鮮に行こうとも、イラクに行こうとも、彼女は自分の感じたことを率直に話し、また、出会う人それぞれの方の話を真剣に受け止めて聴いてきたのだそうです。

 そのような中で、嫌な思いをしたことは一度も無いということでした。それは、参加していた右翼団体を抜けるときにもそうだったとのことで、「違うな」と思ったことを率直に団体の方に話したらわかってくれたというのですから…。
 人を先入観で見ないで、「対等に」感じたことを話し合う大切さというのを、彼女の発言から改めて感じました。

 もしかしたら、彼女のその性格が小さい頃には周囲に人に受け止められず、家にも居場所がなく、ひどいいじめを受けるようになったら要因かもしれませんが、それらを乗り越えた今、とても大きな彼女の「武器」となった、と言えるように私は感じてなりません。
 それこそが今の彼女を作家として支え活躍させる大きな力なのであり、希有な才能だと感じるからです。

 「小さい頃の劣等感をいかに今に生かすか」、これは誰にとっても乗り越えるべき大きなことがらなのかもしれません。
 「真剣に何かをやっている人は排除されない」、との雨宮さんの言葉がとても印象に残っています。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
tomoto
tomoto
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事