さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

精神科・うつ、べてるの家

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 第2部 べてるの家はスローのふるさと から
 足りない事が大事 より

《向:足りないことが大事なんですよ。そのためには、自分にはなにが足りないか、なにを求めているかを、みんなにわかりやすく言う必要がある。不思議なもので、自分の求めているものを言えるようになったときに、目の前の妄想のバリアが、サーッとカーテンが引かれるように開く。》


 べてるとビジネスー経済に人間らしさをとりもどす より

《向:辻さんもおっしゃったように、金儲けやお金はある種、汚れたものというイメージがあるかもしれません。しかし逆に、病気をした人たちには、病気をしたがゆえに、ものすごく純粋に生きようとしている部分があります。病気の人は必要以上に純粋になりたくて、自分を責めたり、現実を悲観的にとらえたりしてしまう。でも、人っていうのはそもそも純粋なものではなくて矛盾したものです。いろんな矛盾の中で生きながら、社会自体が大事なものをとりもどしていくために、みんながそれぞれ大事なポジションにいるのです。》

●胸にしみいるような向谷地さんの言葉、噛みしめていたいですー。

 私は10年程前まで、ジンベクラスと称した西アフリカのタイコの教室を、北海道のあちこちでやっていました。一番多かった時には、小樽、帯広、釧路、浦河、旭川、滝川で月に2回くらいずつやった上、札幌では手稲区、北区、白石区、厚別区、等などいろんなところへ行ってましたから、家には寝に帰るだけのような生活でした。

 ボケた父親との介護生活が終わり、これからどのような生活をしていこうかと思っていたところで、声をかけられるまま出かけていった結果なのですがー。

 各地でいろいろな方と出会いましたが、浦河ではやはり「べてるの家」の方々との出会いがありました。何らかのイベントのときに呼ばれたりもしましたが、教室をやるために訪れた浦河で、始まるまでの時間をべてるメンバーがよく来る喫茶店で過ごすことも多く、日常生活の中で自然に出会う彼ら彼女たちとのふれあいがありました。また、メンバーだけでなく、ソーシャルワーカーの向谷地さんや精神科医の川村先生たちとも出会う機会がありましたが、いつも笑っているお二人という印象を私は持っています。

 当時、べてるの家に関連した本は2〜3冊出ていましたが、今はずいぶんたくさん出ているようです。
 たまたま、向谷地さんと「なまけものくらぶ」の辻信一さんとの対談本が図書館にあったので借りてみました。お二人のお話しは、いったいどのような方向に展開したのだろうかと興味津々で読みました。

 以下、印象に残った部分から抜粋させていただきます。

                         *

 第1部 居場所をさがして から
 自分の居場所がそこにあった より

《向谷地(以下、向)
:彼らとともに活動することによって、私自身が変わりました。まず、飾る必要がないわけです。そして彼らのいろんな挫折体験というのは、むしろそこから「家族」や「社会」や「働く」といった、いろいろなテーマが見えてくる。いかに彼ら彼女らを治療して変えるか、というより、むしろ、彼ら彼女らの経験からどう社会が変わっていくのか、ということこそがほんとうのテーマなのではないかと思ったんです。

辻:それは、長い時間をかけて得た結論ですか、それとも?
向:いえ、直観的なものです。最初の1年間で、いろんな活動を通してそう思いました。
辻:浦河のさびれ方が腑に落ちた、ということともつながってるんでしょうか?

向:そう、つながっていると思いますね。なにかこう、今まで周りから、勉強しないと後で苦労するぞとか、人の幸せや生活の安定に向けてあれこれと言われてきた中で、なにか違うのではないかという違和感。それが浦河に来てはじめて、統合失調症の人たちと出会って、「あ、これだ」と思ったんですね。それは「弱い」というキーワードで、「弱さ」をめぐって人はいろいろなジレンマを抱えたり、矛盾をきたしているのだということに、ここで出会ったと言っていいと思います。

辻:ぼくたちの生きている社会では普通、弱さというものは克服すべきものだし、見せないようにするものですね。それがここではそうではなかった、と?

向:そうですね。私はとくに中学のときに感じた日常の生きづらさと、絶望感。世界を見れば見るほど憂鬱になる感覚に対して、世界とつながっているという自負心と、人間としての深く深遠なテーマを抱え込んでいる自分に、苦しさの反面、誇りを感じていたんですけれど、そのことの意味がわかったという感じですね。

辻:弱さによってこそ、自分は世界とつながっているんだという確信。中学生のころのそういう思いが、浦河における自分の居心地のよさに通じたということでしょうか。
向:はい。》

●向谷地さんの考えはいつも斬新な発想でユニークだなぁと思っていましたが、中学生のころから一貫しているものがあったのだということを知ってなるほどと思いました。それが赴任していった浦河という町で磨かれていったんですね。

 「ハートをつなごう」の「依存症」の番組を見て印象深かったことのもう一つに、自らも長年アルコール依存症で苦しみ抜いた月乃光司さんのコメントがあります。

 月乃さんは、番組で取材されていた女性を見ていて、「自分と似ている」と言っていました。お酒はいくら強いものでも一気に飲んでしまったり、車を何度もぶつけたり、同じような道を辿ってきていたのだそうです。そして、アルコール依存症者は、お酒を10年20年やめていても、「たった一滴」飲んだだけで元に戻ってしまうそうです。

 西原理恵子さんは、「麻薬中毒患者が麻薬注射を一滴でも打ったら全部入れてしまうのをやめられないのと同じように、お酒は一滴飲んだらそれだけでは済まなくなるんです、体が欲するんです」と強く言っていました。

 月乃光司さんがが番組の最後の方で言っていた言葉がとてもおもしろく印象的でした。

「だからといって、好きだったお酒を飲めないから毎日我慢してばかりで陰鬱な生活をしているわけではなく、毎日がとても楽しい!なぜかというと、お酒をやめることができた1日は、“1日生きてりゃ成功者”なわけです。“毎日が成功”なんですよ。価値観が変わったんです。アルコールをやめられたんだから、その後は“余生”なんです」

ーというようなことを、心からうれしいという感じで話していました。

 このことは、私もよくわかる気がします。「価値観が変わった」こと、「それに余生」ですね。

 「価値観が変わる」というのは大きなことですね。私は子どもを持ってから、「子どもの幸せは自分の幸せ」と感じるようになりました。

 独り身時代が長く、また「子どものためじゃなく自分のために(自己実現のために)生きていきたい」とずっと思っていた私ですが、結婚して子どもを持ったら、自然に自分自身のいろんな欲求は減り、子ども中心で回ることが当然で、子どもがおいしいものを食べてうれしそうにしていたり、幸せそうにしているのを見ているだけで、それ自体が自分の幸せだと感じるようになっています。

 このようなことは頭で考えることではなく、自分に起こることを受け入れて流れに身を任せ、実際に経験していく中で思うことなのだな、と今は思うことができます。
 「自然の摂理」とはこのことなのだな、とー。

 「余生」に関しては、「ボケた父親との介護生活」のことを何度か記しましたが、「その後は余生」と思えるからこそ、月乃さんのように、「1日生きてりゃ成功者」で「毎日が楽しい」と感じられるのかな、と思いました。

 それぞれの人にとっての試練を乗り越えるということは、こういうことなのか、と今さらながらに感じる私です。

 上記のタイトルの本を読みました。以下、著者紹介よりー

○白井勝美
 1961年生まれ。
 アル中で家庭内暴力を繰り返す父親と、半身に障害のもつ母親の下で生まれ育つ。
 中学時代に受けたイジメを発端に、不登校を繰り返す。
 以後、ひきこもり、リストカット、自殺未遂を幾度となく経験。
 20歳から精神科通院。抑鬱病。現在、精神障害(2級)基礎年金受給。
 2007年7月から「巨椋脩のオグラジオ」にレギュラー出演中。
 同年『フリーターズフリー』にて、コラム「働きたくても働けない人間だっているぞ!バカヤロー」掲載。 


●40数年間の試行錯誤の末、夢に描いていた「作家」となった白井さん。
 辛く苦しい人生だったからこそ、たどり着いた第一歩。
 学校に行っていなくたって、働いていなくたって、
 思いを持ち続けて歩んでいけば、望みは叶うといういい事例かもしれません。

 その、「思い」をいかに持ち続けるかが、大事なのでしょう。
 生きて行くだけで大変な中で、思いを持ち続けることは容易なことではありません。
 それだけで才能と言えるのかもしれません。

 白井さんは、ニートなどを対象とした文章教室で見出され、こうして世に出ることになりました。
 このような場を主宰し続ける方々に拍手です。

 先日新聞のテレビ欄に、「ウツ病の精神科医」の文字があったので観てみたところ、これが大変おもしろく興味深いものでした(TBS‘ニュース23’より)。

●警告ウツ病? 

 この医者は現在沖縄県の名護市でノーブルクリニックやんばるの院長をされており、年齢は60歳を越えているのですが、35歳の時からウツを発症したそうです。青森県の病院にいた当時、日勤夜勤を繰り返す中で疲弊していったことが要因とのことでした。ただ、その半年後に大腸ガンが発見されたそうで、毒素が出てくる中での「警告ウツ病」だったのではないかとも話していました。

●青森から沖縄に「トンズラ」ー回復したけど、「治りたいと思っていない」

 いずれにしろ、「朝起きてワケもなくつらい」「何だかわからないけどつらい」というこれまでにない体験が彼を襲ったのだそうです。4年前にウツ病がひどく悪化したので、もうここにいてはダメだと思い、「沖縄にトンズラ」し、生活環境を変える中で回復していったそうです。ただ、治ったわけでもないし、治ると思ってはいないし、「治りたいと思っていない」とのことでもありました。

●「オレが完全だと思っている精神科医が一生懸命カウンセリングすると、患者は傷ついてしまう。精神科医は軽いウツの方がいい」
 
 上記の言葉がとても印象に残っています。彼は薬も全部試したそうで、薬を上手に使うことが大事とのことでしたが、「薬だけではウツ病は治るわけがない」とも強調していました。「薬で治るという妄想が広がっていることが問題」だとも。
 薬とともに、「環境や‘心のシフト’、気持ちの有り様を変える」ことが必要とのことでした。

●「よく患者に間違われる」

 病院内にいて患者に間違われ、「私は医者です」と言うと、「そんなこと言ってるから治らないんだよ」と言われたことがあるそうですが、彼は、「それが強みでもある」と話してました。

 看護婦さんも、「先生は患者の気持ちがわかるから安心できて話しやすいみたいです」と話してましたが、彼は「時には患者を叱り飛ばすこともある、『バカヤロー何やってるんだ』と言うこともある」そうです。「同じ痛みを知っているから本音をぶつけ合うことができる」のだそうです。
 また、病院内でもその偏見は一般社会と何ら変わらないので、まず病院が開かれていくべきだとのことでもありました。

●「ウツになるのは能力」

 私はこの言葉を、らくだメソッドの開発者である平井雷太さんからも聞いたことがあるので、再び全く同じ言葉が出て来たのに驚きました。
 この医者は、「ウツ病の治療のゴールは果たして何なのか?それはわからない」とのことで、自分の体験から「生き方の変化を大事にする」とのことでした。

 そして、「決して精神的に弱い人がなるんじゃない」「ウツになるのは能力」であり、「ものすごいつらい気持ちをずっとキープする力がある、それでも生きてるってスゴイ、しがみついて生きてるってエラい」とのことで、「ウツの人は環境に対する健康的な反応を抱えた真正直な人であり、ウツを抱えて生きている人は尊敬の対象だ」と話していました。

●それぞれの課題を抱えながら、ただ淡々と生きていく・・・

 診療するのもしんどいというこの方の姿を見て、「生きていくって何だろう」と深く考えさせられました。「完全」である必要はないし、それぞれがそれぞれの問題・課題を抱えながら淡々と日常を送ること…勤め帰りに刺身を買うのが毎日の楽しみという彼の姿をみてそんな言葉が浮かびました。

 「ウツになるのは能力」だとしたら、私にはそんな能力はない(まだ備わってない?)わけで、そう考えるとウツになることができる人はスゴイと思えてきます。でももしかしたら、自分で気づかないだけで多少のウツは抱えて生きているような気もするし…。
 しかしいずれにしろ、ウツの人だからこそで見えるしできるし成し遂げられることってあるんだろうな、と強く思いました。

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