|
[高校入試は意味があるのか?]から【私立中高一貫校と公立中学】より
《ほかにも数名、大学進学一辺倒ではないタイプの私立中学の子に接した。そのうちに、共通点があると思った。立場を保障され、受験に追われなくて済む子どもたちに独特の感じがある。こせこせしなくて、よく発育している感じだった。外向的になるタイプと、内向的になるタイプがあり、それは個人差なのだが、いずれもこせこせしない感じだった。
彼らは中学受験のときに勉強させられているから、その反動で、いったん中学に入ったら、もう勉強などしない。遊びまくる。先生が口を酸っぱくしたところで、無駄である。
とうぜん、テストで測れるような学力は、同程度の能力を持つ公立中学の生徒より低い。
ところが、高校を終える時点では、公立の場合と学力はほとんど同じである。いつのまにか、なんとかなっている。理由は、高校入試のために中学の内容の細かいところまで磨きをかけたところで、時間が経てば大勢に影響はないということだと思う。最終的に重要なのは、考える力そのものである。これは、「心が安定していて、権威者の言葉や固定観念にすがりつかなくて済む」ことそのものである。勉強量とあまり関係ない。
私は、「公立中学が高校受験で追い立てて、ほんとうに人のためになっているの?」という疑問を持っている。》
【高校入試はなくてあたり前】より
《高校入試を行う必然性があるのか。これは、アメリカやヨーロッパの教育制度を調べているうちに湧いてきた疑問でもあった。欧米では、高校入試に相当するものがないのが普通である。
アメリカでは、中等教育で中学高校がまとまっている州と、高校にあたるものが別になっている州があるが、どこでも初等中等教育の12年間は希望者全員を受け入れていて、通常、試験などの選抜は行われない。
イギリスは、中学高校は中等学校としてまとまっている。一部を除き、選抜試験はない。
フランスは、中学にあたるコレージュと、高校にあたるリセが別立てであるが、いずれも選抜試験はない。大学すら、大学入学資格に受かっていれば、願書の先着順である。
私が確認したかぎりでは、欧米の主要な国には日本の高校入試に相当する大がかりな選抜試験はない。日本のように高校入試でムチを入れなくても、社会と産業はちゃんと維持されている。》
●「時間が経てば大勢に影響はない」というのは、そうなんだろうなぁ、と感じます。
そして、「最終的に重要なのは、考える力そのもの」であり、これは、「心が安定していて、権威者の言葉や固定観念にすがりつかなくて済む」ことそのもので、「勉強量とあまり関係はない」というのも、なるほどなぁ、です。
「考える力=心が安定していること」とも読み取れますが、多くの子どもを見てきて、私もそう感じます。
|