さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

音楽、ジンベ&ダンス

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

 先日、エアロビクス全国大会で優勝経験もあるというHさんが経営するスタジオで、私たちジンベクラブのデモンストレーション演奏&ダンスを行ってきました。

 私たちのメンバーとHさんが知り合いで、Hさんが一度私たちの演奏とダンスを見てみたいとのことから今回うかがうことになりました。

 築造されてからまだ新しいスタジオはとても気持ちがいい建物で、広さといい床の質と固さといい、アフリカンダンスを踊るのにも最適と思われるような作りでした。

 Hさんはエアロビクスだけではなくさまざまなダンスを体験されてきた方のようですが、タイコの生演奏によるアフリカンダンスはまだ見たことがないとのことでしたので、今回の訪問となりました。

●いっしょに踊るー

 タイコをセッティングしてから、私たちがダンスに入る前にいつも行うウォーミングアップを始めました。ウォーミングアップといっても、メンバーが一人ジンベを叩くそのリズムに乗って身体を動かすもので、ウォーミングアップになっていると同時にアフリカンダンスのエッセンスも入っている、それだけで結構楽しくまた汗をかくほどに身体を動かすものです。

 これを始めてからほどなく、Hさんもニコニコしながら加わってきて、私たちといっしょにタイコのリズムに乗って身体を動かし始めました。

 Hさんが今回私たちのするデモンストレーションで実際にいっしょに踊られるのかどうかは、始めてみないとわからないことでした。ただ見るよりは参加してくれる方がいいと思ってはいましたが、「エアロビクス全国大会優勝者」である方に、こちらから「いっしょにやりませんかー?」とはなかなか言えるものではありません。Hさんが参加するに足るものなのかどうかは、Hさん自身に判断してもらうしかないと私は思っていました。

 でもHさんは、ほとんど最初の方からいっしょにリズムに乗って楽しんでくれていました。そしてウォーミングアップ終了後、私たちのデモンストレーションを、最初から「見る」のではなく「体験する」「共に楽しむ」気でいることを伝えられました。

 私たちはうれしく思うと同時に、多少の緊張感を持って臨むこととなりましたが、このことはある程度予想していたことではあったので、「望むところ」となりました。

●イベント出演決定!

 今回私たちは、カキランベ、ランバ〜ダンサ〜ヤドのメドレー、そしてスグーという3つのリズムを準備していました。そして男性陣3人がジンベ、女性たち3人が2人ずつ踊り、1人はジュンジュン(低音のタイコ)を交代ですることにしていました。

 Hさんはさすが!でした。私たちのダンスを見るのは初めてでしたが、さまざまなダンスの「振り」をすぐに覚えて、いっしょに楽しそうに踊ってくれました。私たちはこれだけ踊れば結構疲れますが、Hさんはまだまだこれからという感じでもありました。

 Hさんは終了後、「やっぱり生演奏に乗って踊るのがいいですね」と言ってくださいました。これは私たちの一番の「ウリ」のところなので、そう思ってくださってうれしく思いました。

 そして、「9月にスタジオのイベントがあるので、よかったら出てもらいたいんですがー」と言われました。そのイベントは、来場者にいろいろなダンスを体験してもらえるようなかたちで、広くオープンに人を集めるようなものにしたいとのことでした。

 Hさんによると、エアロビクス業界?では近年、「ズンバ」というラテン系のリズムに乗って踊るインストラクターの動きを真似して踊るようなエクササイズをするプログラムが人気を呼んでいるそうで、そのような土壌?があるので私たちのものもきっと来場者に楽しんでもらえるだろうとのことでした。

 イベントは9月25日(土)とのことでした。この日は稚内の小学校公演として指定された日だったのですが、私たちメンバーの都合がどうしてもつかないので日程を変更してもらっていました。稚内へ行くのは都合が悪くても、札幌市内であれば大丈夫です。

 稚内の小学校には申し訳なく思っていたのですが、この日稚内に行くことにしていたら、せっかくお誘いいただいたダンススタジオのイベントに参加できなかったわけです。うまく回っているものだと思いました。

 ダンス好きの方々が集まるであろうイベントで、私たちの演奏とダンスをやれるということは、とても楽しみなことです。でもきっと、踊る気満々の方々が集まるでしょうから、私たちも覚悟を決めてやらないといけないでしょう。叩き続け、踊り続ける○○分、ということになるでしょうからー。

開く トラックバック(3)

●「絵本の読み聞かせとアフリカンドラム」  

 私は『アフリカの音』に出会って以来、いつか、その絵本の読み聞かせのバックにジンベの音を入れたものを、自分たちでできる日が来ることを夢見ていました。ウォーク・トークのそれを見て、その気持ちに拍車がかかりました。でもそのようなパフォーマンスは、「見たい」という人がいてこそできるものですから、そのようなご縁はなかなかありませんでした。

 1〜2度何かの演奏の機会にやってみたことがあったようにも思いますが、何度も練習して練り上げてやったものではなかったですから、満足のいくものではなかったように思います。

 でもその後、そのような機会がやってきました。10年程前に、「北海道文学館」で毎夏行われている「わくわく子どもランド」という催しで、「絵本の読み聞かせとアフリカンドラム」を子どもたちを対象にやってもらえないかという話が舞い込んできたのです。

 絵本を読むのは読み聞かせサークルに所属している専門の方で、アフリカ関連の絵本を数冊選び出し、その絵本のバックに音を入れるというものです。私はもちろん快諾し、読み聞かせの絵本の中に『アフリカの音』を入れることを提案しました。

 タイコの音と読み聞かせの声のバランスを考えたり、「間」」を図ったりしながらの練習を何度も繰り返し、私たちの「絵本の読み聞かせとアフリカンドラム」は完成しました。

 「わくわく子どもランド」では、大勢の子どもたちと、絵本の読み聞かせを楽しみ、最後はタイコの演奏をバックにいっしょに踊って、楽しいひとときを過ごすことができました。普段は静かな「文学館」で、毎年夏の一日だけは、地下の講堂でタイコの音が鳴り響いています。

 もっとも、「完成した」とはいっても、実はまだまだ完成されたものではなかったことは、回を重ねる度に思うことでもありました。これを機に、子どもたちが来てくれるような演奏の場では、できるだけ『アフリカの音』を入れるようにしてきており、毎夏の文学館と合わせて、もう何十回とこの演目をやらせていただいてきました。

 そして、回を重ねるごとに修正し、今では絵本をめくってその絵を確認しなくても、適度な音量でその場に合った音を出すことができるようになってきましたし、音もリズムもどんどんシンプルになってきて、絵本の世界の表現を最大限引き出すということだけを考えたものになったように感じます。

 もちろんこれは私およびジンベクラブで考える「最良のもの」であり、他の方がするとまた異なったものになるでしょう。

 『アフリカの音』は、私たちが口で説明しなくても、ダイレクトにその世界を、そして私たちが伝えたいことを、子どもにも大人にも伝えてくれます。これからも、大事に大事に、この本を私たちなりに語り継いでいきたいと思っています。

●沢田としきさんは、今年4月、「急性白血病」による一年余りの闘病生活の末に亡くなられたことを知らされました。

 沢田さんは一度、ウォーク・トーク札幌公演でメンバーとしていらした際に、私の家に泊まっていただいたことがあります。そのとき貸し布団を利用しており、翌日午前に貸し布団を回収しに業者が来たとき、まだ起きていなかったメンバーを起こしに行かざるを得なかったんですが、そのとき驚いて飛び起きた沢田さんの顔が忘れられません。悪いことしたなぁ、と私は思ったんですがー。

 『アフリカの音』を、「読み聞かせと演奏」のかたちでくり返しくり返し紹介し続けている個人やグループは、他にないのではないでしょうか。何度読んでも、何度やっても飽きることのない、私たちにとってとてもとても大切な絵本となりました。

 アフリカおよびジンベ&ダンスのことを伝えるツールとして、これからも活用させていただこうと思っています。

 いいでしょうか、沢田さん? 『アフリカの音』を遺してくれて、本当にありがとうございました!

※沢田としきさんは、他にももちろん、素晴らしい作品を多く描かれています…。

 私が沢田さんにお会いしたのは、1990年代前半のこと。私が東京でウォーク・トークに出会ってダンスクラスに通い始め、その後ジンベクラスに参加して数年経った頃だったと思います。ダンスクラスで沢田さんが一所懸命ジンベを叩き続けていました。

 沢田さんはイラストレーターであり絵本作家として活躍されている方だということも知りました。そのような方が毎回のようにダンスクラスでタイコを叩き続けているのはどうしてなのだろうーとフト思ったことがあります。

 その沢田さんがウォーク・トークに参加して数年後、1冊の絵本を著されました。『アフリカの音』です。私はこれを見せてもらって驚きました。西アフリカに伝わるタイコとダンスの世界を、沢田さん独特のタッチによる鮮やかな絵によって、見事に描いていると感じたからです。また、簡潔で楽しい言葉により、子どもたちにもおもしろさとワクワク感がストレートに伝わるように感じました。

 沢田さんは、ジンベ&ダンスに出会って自ら踊り、叩くことを通して、アフリカに伝わる文化、その世界の奥深さに触れていたのでしょう。そしていつか自分の身体で感じたこの豊かな世界を、子どもたちに伝えることができる「絵本」として描くことをずっとイメージしてきたのではないかと感じました。

 この本は、出版されて以来、ジンベ&ダンスを学び続ける仲間たちの「バイブル」的なものとなったような気がします。私としても、ジンベ&ダンスに携わるすべての人に見てもらいたいですし、一般的な絵本としても最良のものの部類に入るのではないかと思っていますから、多くの方に見てもらえればと思っています。そう感じる方が多かったのか、出版されてすぐ、何かの「絵本大賞」を獲得してもいました。

●ウォーク・トークによる『アフリカの音』の読み聞かせと演奏

 私が初めて『アフリカの音』のバックにタイコの音を入れた「読み聞かせ」を体験したのは、北海道の常呂町でウォーク・トークが公演を行ったときだったと思います。

 1998年頃だったでしょうか、その頃私の師であり沢田さんにもジンベを教えていたウォーク・トークの砂川正和さんは、確か沢田さんのご縁で常呂町に出向き、そこに生えていた大きな一本の木から大小さまざまなタイコを作るため、年に何度か常呂町を訪れていました。

 そして、その一本の木からタイコが作られ、地元の廃校を利用した生涯教育施設にそれを寄贈するお祝いのためウォーク・トークが常呂町に行った際に、私も同行させてもらったのです。

 地元の子どもたちが砂川さんの指導で大きな木から作られたタイコを演奏し、その後ウォーク・トークのドラム&ダンスで盛り上がったことを、今でもよく覚えています。

 『アフリカの音』の読み聞かせは、その施設とは違う町の大きな会場だったと思います。大きなスクリーンに映写された絵本のバックで奏でられるジンベの音は、その内容とマッチして、これ以上のものはないという出来?だったように記憶しています。

 余談ですが、私は単にウォーク・トークに同行させてもらっただけなのにも関わらず、夜の宴会場の番屋で、採れたてのカキ(常呂名産!)をたらふくいただいたことが忘れられません。一斗缶に山盛り出されてきたカキなど、そのとき以外目にしたことがありません・・・。

 北海道最北の市である稚内での小学校公演の依頼が私たちジンベクラブにありました。

 北海道文学館での「わくわく子どもランド」の催しの一環で、「絵本の読み聞かせ&アフリカンドラム」をここ10年ほど夏にやらせてもらっており、その関係で私たちのことを知った稚内の担当の方が、「小学校創立50周年の催しで、ぜひアフリカンドラムとダンスを子どもたちに観てもらいたい」と熱心にお誘いいただいたのです。

 稚内ではなかなか文化的催しを体験する機会がなく、音楽にしろ踊りにしろなかなか最北の地?までいらしてくれる方々が少ないとのことでした。担当の方は私たちの公演の様子をネット等で観た上で、ぜひ子どもたちに見せたい、体験させたいと思われたそうで、私にとってはとてもうれしいことでした。

 私は、私たちのやっていることは特に子どもたちに体験してもらいたいので、願ってもない話だと感じました。通常は、その場に来てもらった子どもたちと顔の見える距離で、いっしょに踊っていっしょに叩いてということを行っており、それが一番「伝わる」やり方だと思っていますが、今回ばかりはそういうわけにもいきません。

 480人を対象にした学校公演など初めてのことですが、そのご依頼に応えるべく私たちにできる限りのことを行うだけだと感じましたし、私たちジンベクラブだからこそできること、みんなに楽しんでもらうことがあるともあらためて思いました。

 稚内まで馳せ参じるにはメンバーのみんなに仕事を休んでもらうことになるでしょうし、大規模公演なのでなるべく多くのメンバーに参加してもらわないといけないので、参加メンバ−がある程度確定できるかどうかで実現できるかどうかが決まってきます。

 私は依頼を受けた内容をそのままメンバーに伝え、仕事の休みを取ってまでも参加したいというメンバーがどれだけいるか確認したところ、現在共に活動しているほぼ全メンバー(最大9名)が「ぜひ行きたい」との意思を示してくれました。

 このことは、私にとってもとてもうれしいことでした。ここ数年共に練習をし、共にさまざまなイベントをやってきた仲間たちと、たぶん一生の思い出となるであろう今回の公演を共にすることができるのですから。

 これから、その日9月6日(月)に向けて、公演内容を練り上げ、練習を積み上げていきたいと思っています。

 ちなみに私は道北の北見枝幸で1歳から11歳まで過ごしたので、子ども時代の思い出の大部分は枝幸にあり、私の「故郷」と言えます。枝幸にいた時、稚内はとても身近な場所で、家族で宗谷岬へ言ったり利尻礼文へ行った思い出もあります…。

 5月4日は天候もよく、余市教育福祉村の小高い山の斜面には心地いい風が吹き、遠くに海を見渡せる絶景の中で寝転がり、しばし寝入ったひとときは、とても気持ちのいいものでした。

 もっとも昼寝をしに行ったわけではなく、その山の上の広場でタイコを叩き、夕方にはセンターハウスという建物の中でダンスを楽しむ時間を持ちました。

 終わってからはおいしい食べ物と仲間たちとの歓談。リラックス&リフレッシュのひとときでした。

 人に見せるでもなく、人に教えるでもなく、やりたい人は見よう見まねで踊りに入る夕方のドラム&ダンスの時間は、私たちにとって日常の延長のダンスの時間で、自分たちが楽しむためのもの。

 私は若い頃、マレーシアやタイや韓国の田舎を訪れて、「昼は農作業、夜は芸能」の生活に根付いた音楽や踊りを体験し、そのような暮らしにとても憧れました。

 その後西アフリカのタイコ・ジンベ&ダンスに出会い、それを自分の身近に体現できるツールと直感し、学び続けてきました。

 今回の余市でのひとときは、私が若い頃憧れたものに近づけたような感覚を持ちました。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


.
tomoto
tomoto
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事