さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

音楽、ジンベ&ダンス

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

●農村交流音楽ツアー‥サックスプレイヤー・梅津和時さんとの出会い

 私がジンベを学び始めたのには、一つの思いがありました。それは、自分の周りに自分たちの音楽で楽しめる場を作りだしたい、という思いです。それは、約20年前、‘農村交流ツアー’でタイと韓国に行った時の体験が基になっています。

 当時千葉県の農業大学校で先生をしていた小松光一さんが、「これからは農業の時代だ!特にアジアの農業者同士がつながって学び合うことに意義がある」ということで、農業者同士で交流するツアーを組みました。

 私は当時「あじあくらぶ」というサークルを東京で主宰し、さまざまな場へ出かけ、また青年事業などに呼ばれることもありました。そのような中で出会ったのが、確か『おもしろ農民の時代』という本を書いた小松さんでした。私はその破天荒な人柄に惹かれていき、ついには農業者でもないのに‘農村交流ツアー’に参加することとなりました。

 それに参加することを決めた一つの大きな理由に、そのツアーには「楽士」が同行し、「地元の伝統音楽を演奏する人たちとセッションをしてもらい、私たちは村人たちといっしょに飲んで騒いで踊りまくる」という決まり?があったからです。

 小松さんは大のジャズファンで、ジャズ演奏家の方々と交流があります。このときは、サックスプレイヤーの梅津和時さんをお招きするということで、そのための費用はツアー参加費に一律1万円プラスすることになっていました。

 梅津和時さんは、当時から人気のあったRCサクセションで活躍するプレイヤーということで私は知っていましたが、もともとはジャズ畑でさまざまな人とのセッションでライブハウスを中心に活動している方でした。

 私は当時東京に住みながらさまざまな音楽を聴きに出歩いていました。特にワールドミュージックに傾倒していたので、梅津さんよりタイや韓国の地元の音楽の方を楽しみにしていましたが、実際に彼と地元の音楽家とのセッションを見て度肝を抜かれました。その場に溶け込んだものすごく楽しい演奏だったのですー。

●タイ東北部・イサーンの村にてージンベにつながる‘生活に根差した音楽’

 最初はタイの東北部、イサーンの村に滞在し、お世話になりました。タイでも一番貧しいと言われる地域でしたが、持続可能な農業に挑戦しているところでした。昼は農業、そして夜は、伝統音楽を奏でて楽しむライフスタイルは、とても惹かれるものがありました。

 音楽が奏でられ、目と目が合い、笑顔を交わし合うことは、言葉は伝わらなくても心が伝わり合う、最高のものでした。私が音楽をやりたいと思う原体験はここにあり、その後自分には何ができるだろうかといろいろとやっていくなかでジンベに出会い、これだ! と思ったのでした。既成のものではない自分たちの音楽、生活と隔たりのないその延長での音楽、今の日本人に失われてしまったものがここにあると感じました。

 この楽しみに輪をかけてくれたのが、梅津さんでした。私は行き帰りの飛行機の中で隣になったので、いろんな話をうかがい、梅津さんの人柄にも惹かれていきました。ステージでキヨシロー(RCサクセション)とともに派手な動きでサックスを吹き捲くるイメージとはまた別の、誰にでも気さくに声をかけてくれるとてもいい方でした。

 このツアーでもうひとつおもしろい決まり?は、空港の免税店で一人一本ウィスキーを買っていくことです。これは村へのお土産として持っていき、村人とともに飲むためのものです。「飲んで騒いでー」が、本当に好きな小松さんでした。今でもお元気でしょうか???

●韓国農村交流ツアー

 タイへ行った約1年後だったと思いますが、韓国でも同様のツアーで行き、今度は‘サムルノリ’と梅津さんが共演することになりました。‘サムルノリ’は、韓国伝統のタイコはカネでの基本は4人編成の打楽器隊です。当時からタイコが大好きだった私にとって、そのセッションは興奮ものとなりました。そして、サムルノリと梅津さんの壮大なセッションの中で踊りまくる日本人と韓国人。それもひなびた山あいの村でです。なんて先進的?なことをしていたのでしょうー。

 韓国の農村で‘ファームステイ’をしたのも、今思えばこれもまた画期的なことだったと思います。気のいいおじちゃんおばちゃんの家に泊まらせていただき、おいしい食事をいただきました。農村の朝の気持ちよかったことを思い出します。ここも、持続可能な農業に挑戦している場所だったと思います。

 夜の交流会では、村で作っているマッコルリ(日本でいうどぶろく)をいただいたのですが、そのおいしかったこと! 大きなポリバケツから柄杓ですくって注ぐのも豪快でしたが、韓国の方々の飲みっぷりの豪快さといったらかなうものではありませんでした。どんぶりで一気に飲んで、飲み終わったどんぶりを裏返しにして頭に乗っけていたような気がします…。

●それはジンベに出合う準備だったのか…

 タイや韓国でのこのような体験を経て、「自分の周りに生活に根差した音楽を!」という思いを秘めながら東京で暮らし、やがてジンベに出合いました。

 砂川正和さんと柳田知子さんのご夫婦が“WALK TALK”としてダンスワークショップの活動を東京で始めた頃に私は出会って衝撃を受け、その後ダンスに通うことになりました。当時はまだジンベを教えるということはしていませんし、もともとジンベというのは、ダンスを学ぶ人がワークショップの中で師匠の許しを得て学んでいくものでした。

 しかし、その後ジンベを学びたいという声が増えたことにより、砂川さんはジンベを伝えるということをすることになりました。伝えるからにはしっかりとやっていきたいということで、希望するメンバーと1対1で話をし、「なぜジンベを学びたいと思ったのか」、その動機を詳しく聞かれました。

 私は、タイや韓国での体験を話し、「自分の身の周りに生活に根差した音楽を作っていきたいんです。仲間たちとそれによって楽しめる、そんなツールを身につけたいんです」というようなことを述べたと思います。

 あれから約20年、地道に続けてきたジンベによって、私の願いはそこかしこで花開くこととなっています。人間、思いは叶うもの。そう、続けて来さえすればー。

開く トラックバック(1)

●祝宴にてーメンバーそれぞれの思い

 夕方からはセンターハウスに集い、乾杯の音頭を取って、祝宴に入りました。今回用意してくださった料理に加えて、新郎が料理人だったこともあり、自ら腕をふるってもくださいました。特に、旬のホワイトアスパラをシンプルに調理していただいたものは絶品でした。あんなに太くて、そしておいしいアスパラをいただいたことはありませんでしたー。このようなものを提供していただけるなんて、農に携わっているからこそ、なのでしょう。

 ひとしきり飲んで食べた後、せっかくこの場に縁があって集ってくれたみなさんなので、お互いを知るためにも、自己紹介と新郎新婦への一言をひとりずつ話してもらうことにしました。

 まずジンベメンバーから話してもらいましたが、あらためてYさんとの出会いや、日頃感じていること、それにお祝いの気持ちなどを自分の言葉で話してもらうひとときは、とても感慨深いもので、その言葉をひとつずつここに書き表わすことはできませんが、私の胸にずっと残っていることでしょう。

 このような場を持つことができて本当によかった、言い出しっぺになってくれたMさんに感謝したいと思います。

 
●ご両親の思い、そして「安心できる場」

 メンバーに話してもらった後に、Yさんのご兄弟や親御さんにも話してもらいましたが、言葉にならない思いが溢れて来るような一場面もありました。

 そして、Mさんのお母さまもいらしていたので話していただいたのですが、それはYさんのお母さまの気持ちと共通することでした。それは、私たちジンベクラブのメンバーを直に知ってもらったことによる「安心」なのではないかと私は思いました。

 それはそうです、「アフリカのタイコとダンス」をYさんもMさんもずっと続けてきているわけですが、それははたしてどのようなものなのか、どんな人たちと関わっているのか、などはわからないままにいたわけですから。

 今回、ジンベクラブの面々と長い時間関わり、ひとり一人の話を聞くことによって、それぞれの人間性を感じ、「いい仲間が集っている」と実感してくれたことによる「安心感」は、とても大きなものだったと思います。後でMさんからも、そのようなことを聞きました。

 このようなパーティーを行う意味は、メンバー同士の交流を深めることもありますが、それぞれの人となりをその場にいる方々に知ってもらうことの方が大きなことかもしれません。私は当初そのようなことまで思い至っていなかったのですが、とてもうれしい副産物?になりました。

 私はその場にいるみなさんに以下のようなことを話しました。
「ジンベクラブは私が主宰してこれまでずっと(1997年から)続いてきたわけですが、これは自然に続いてきたものです。この場には、強制されて続けてきたような人は一人もいません。だからいいのだと思います」。

 気がついたら、ジンベをツールにして、とても気のいい仲間が集っていました。それはみんなが対等な場であり、それぞれがそれぞれでいられる場であり、ウマいヘタの関係ない場であり、子どもも大人も家族いっしょにいられる場であり、例え2〜3年間が空いたとしてもまた集える、そのような理想的な?場が、仲間とともにできあがっていました。

 ゴールデンウイークに入ってからはずっと書かず、連休が明けてからもなんだかんだとあって、ブログの発信が滞ってしまいました。またボチボチと始めたいと想います。

 今年のゴールデンウイークの最大の目玉?は、タイコメンバーの結婚パーティーでした。
 彼女(Yさん)は、ジンベクラブ発足(1997年)後まもなく友人のつてで参加し始め、それ以来ずっと苦楽を共に(?)してきました。農業にずっと関心があり、常に‘農’に携わりながら、自分の信じる道を歩んできた彼女が、その‘農’が縁で新規就農した男性と出会い、結婚に至ったのですから、こんなめでたいことはありません。

●余市教育福祉村での結婚パーティー

 余市教育福祉村は、豊かな自然に囲まれた場です。なだらかな丘陵地に畑やサクランボ、ブルーベリーの木々が点在し、木造りのセンターハウスやログハウスでは自炊もでき宿泊もできます。さまざまな研修に使える上、大きな音を出しても大丈夫なので、立派な木琴やエレクトーンなども備わっています。私の友人(Mさん)がよくここで子どもたちを交えた集いや合宿などを行っており、今回の結婚パーティーはぜひここでやりたいと、自ら準備を進めていってくれました。

 料理は地元の食材を使って作ってくれる方がいるとのことでMさんがその方に頼みましたが、参加費をなるべく抑えたかった私たちの要望に応えていただいたにも関わらず、驚く程バリエーションがあり量も豊富なパーティー料理を作ってくださいました。

 実はその方は、ジンベクラブ発足当初に参加してくださっていた方の娘さんだと知り、私は驚きました。お母さまはその後、NPO発足に携わり新聞などにエッセイを載せられたりした方ですし、お父さまはその後写真家としてアジアやアフリカ諸国に出向いていらしたようですが、ドキュメンタリー映画を撮ってシアターキノで上映するようにまでなったと聞いています。映画の紹介は後に記します。

 その方々のご家庭にもう10年程前伺ったことがありますが、その時まだ小さかったお子さんとこうしたかたちで再び出会うことになるのですから、本当に驚きです。残念ながら午前中に料理を作って帰られてしまったので、子どもさん連れでいらしたその姿を遠くから見かけるだけになってしまいましたがー。パーティーに花を添えた料理を作ってくださったお礼を、いずれできればと思っています。

 教育福祉村の方々には、場所の準備や駐車の誘導など、いろいろな面でお世話になりました。ここを住まいにして事務手続きをしてくださっている代表の方には、パーティーに出席していただけたので(新婦のお父さまと知り合いということもあり)、後でいろいろとお話を伺うこともできましたし、パーティーの最後の方には私たちの誘いに乗っていっしょに踊っていただくこともできました。

●丘の上でのタイコ演奏

 Mさんが、「せっかくだから、結婚をお祝いした演奏会をやって、地域の人たちにも来ていただけるようにしたら、今後新規就農するYさんたちにも新たなつながりができていいんじゃないか」と提案してくれたので、夕方からのパーティーの前に、誰でも参加OKのジンベクラブ演奏会をすることになりました。

 海外では、主宰する側の大盤振る舞いで、縁もゆかりもない方でも参加OKの結婚パーティーが至るところで行われています。
 私が知っているのは、もちろんアフリカ、それにロマ(ジプシー)、そして私が友人をお祝いにかけつけた韓国でもそのようなかたちでした。楽しいことは大勢で分かち合うともっと楽しいし、さまざまな人と出会う場を提供することこそ喜び、という思いが続いている地が、地球上各地であるということでしょう。
 私たちもこれをイメージをして、できるだけオープンな場を作りたいと思いました。

 場所は、なだらかな丘陵地の上の広場です。周りは山なのですが、遠くに海も見ることができる絶景のロケーションでした。さすがに風が強かったのですが、当日の天候はさほど寒くもなくまあまあでした。
 
 絶景の場所での演奏と踊りはとても気持ちよく、終了後にはいらっしゃった方々といっしょにタイコを叩いたり話したりの交流をすることができました。北星余市高校の生徒を預かっている寮の方が生徒さんを連れていらしてくれたり、近くにある寮に入っている若者も来てくれたりして、いっしょにタイコを叩きました。また、久しく会っていなかった知人にも会うことができました。

 ここの寮には、人との関わりが苦手な若者が多く暮らしており、社会に出るための力を養っている場なのだそうですが、そこの若者が私たちといっしょにタイコを叩く行動に出たことは、もしかしたらスゴイことだったのかもしれない、とMさんは伝えてくれました。今後もつながりをもって、いっしょに楽しめる場を作ることができたらいいのかもしれません。

 丘陵地でなるべく平らな場所を選んでタイコをセッティングしたところ、メンバー同士が広がりすぎてしまい、それぞれの音が届かずなかなか難しい面があったのですが、それは今後の反省として活かすことができるでしょう。

 私たちは外で叩く機会はなかなかないのですが、もともと外で叩く楽器ですし、外で叩いてこそ初めて本当の音を身につけることができる、と言われています。そういった意味でもいい機会でした。


★『チョコラ!』プレミア上映!

5/25(月)18:40予定 ※正式な時間は5/18(月)に決定します
ゲスト:小林茂監督
    松下照美さん(モヨ・チルドレン・センター主宰)
    吉田泰三さん(「チョコラ!」撮影)
料金:入場整理番号付限定前売1400円(当日1800円)、キノ窓口のみにて発売中!

※ビンテージ手帳ご利用いただけます(1〜10ページ差額400円/11ページ以降1400円)
※お席分のチケットが完売の際は当日券の発売はありません

●モヨ・チルドレン・センターは、ケニアで貧しい子供たちへの様々な就学支援や、
スラムの女性や子供たちの自立支援を行っているNGOです。

 先週の木曜日以来ブログを発信していませんでした。気づいたら、「えっ、もうこんなにー」と自分でもびっくりでした。
 
●その木曜日には、札幌のワインの会の催しに招かれて、ジンベクラブの仲間とジンベ&ダンスを披露しました。その日は南アフリカ産ワインを楽しむ会だったそうで、その産地に関連のある音楽を探していたら、私たちに出会ったそうです。もっとも、ジンベは西アフリカに伝統的に伝わってきたものなので、ちょっと違うのですが。まぁ今は全アフリカ的に広がっているので、いいでしょうー。

 その話が決まったのが当日の一週間前でしたが、私は奇跡的に?早朝の仕事が木金と休みだったので、参加できたのでした。ものごとって、うまくいくときはうまくいくものです。

●私が東京でジンベ&ダンスに出合ったのは1988年頃です。もう20年以上になるとは…考えてみるとびっくりです。まぁ年をとったということですがー。
 その、日本のアフリカンダンスの第一人者であり舞踊民族学者でもある柳田知子さんのワークショップの3月4月の日程をお知らせします。

 どなたでも楽しむことができます。まったくダンスの踊ったことのない方にこそ体験していただけるといいと思っています。ダンス体験者の方も、特に生のタイコ演奏をバックに踊ることなんてないでしょうから、特に3月のクラスは貴重ですよ。WALK TALKのジンベ奏者、廣田真志氏の生演奏によるスペシャルクラスですから。

1、 3月28日(土) 13:15〜14:45  15:15〜16:45 
    ※廣田氏の生演奏によるクラス、この日は2回行います。
      千歳市民文化センター 1階 控室5
         千歳市北栄2丁目2-11(JR千歳駅から徒歩7分)

2、 4月11日(土) 15:15〜16:45
    ※CD音源による懇切丁寧な指導のクラスです。
      札幌芸術の森 2階 中練習室
         札幌市南区芸術の森2丁目75番地

 <料金> 1回 3500円 ※子ども割引などあります。詳細は以下にお問合せください。 
 <お申し込み&お問い合わせ>ジンベクラブ(大川)TEL 090-5229-3459 
 ○E‐mail ramat@mac.com ○URL http://web.mac.com/ramat/


●中1の娘が‘HIP HOP ’のダンスに関心を持っているので、知人に紹介された教室に近々見学に行ってくる予定です。
 ‘HIP HOP ’だってもとを辿ればアフリカンダンスに行き着くはずですが、親のやっていることをやろうとする年頃ではもうありません。‘今’流行っているものにしか目がいきませんからね。

 幼い頃は母親にアフリカンダンスやジンベの教室に連れられて来て、タイコの音が充満している中ですやすや眠っていた娘ですからさすがにリズム感はよく、‘HIP HOP ’だって続ければきっとどんどん上達していくことでしょう。

 ひとつのことを続ける中で、壁にぶつかりそれを乗り越えるような体験をしていってほしいものです。


●先日ご紹介した「ホメオパシーセミナー」が20日に迫りました。
 当日参加OKですので、ご都合のつく方はぜひ一度永松先生の話を聞きにいらしてください。

 今週月曜日、小樽のとある幼稚園に子どもを通わせているタイコ仲間の友人から、「ここの子どもたちとタイコで遊んでほしい」との依頼を受け、行ってきました。偶然タイコ仲間の2組のお子さんが、ここの幼稚園に通っているのです。

 実はここの幼稚園の前の園長先生から、もう6〜7年前になるでしょうか、「ウチの園でも演奏して子どもたちに聞かせてあげてくれませんか?」との依頼を受けていました。小樽で演奏した私たちを見て、声をかけてくださったのです。

 でも、幼稚園ですから伺うのは平日ということになり、メンバーがある程度揃っての演奏ができないと、私たちが伝えたいことの半分も伝わらないので、「いつか週末にでも機会を作れたらまたご連絡ください」とお伝えして、それっきりになっていました。

 そして今回、タイコ仲間の二人が場を設けてくれました。この2人が、ここの幼稚園で、自分の子どもも含めた子どもたちと、タイコを楽しむひとときを作ってほしいというのですから、行かないわけにはいきません…?。

 ウチの息子も連れて小樽に向かいました。
 初めて訪れた園は、園庭、内部、それに先生たちもとてもいい感じで、子どもたちは元気いっぱいでした。最初、子どもたちが遊んでいる傍らでタイコを叩き出して、子どもたちが興味を持って近づいてきたらコミュニケーションを取ろうという感じでいたのですが、タイコを車から降ろして中に園のホールに入ると、子どもたちはすでにホールの一画に陣取って一部ステージのような場所ができていました。

 子どもたちは、「これから何が始まるんだろう?」と興味津々の様子で、私たちがタイコを包んでいる布を外していくのを見ていました。これは当初話したやり方ではいかないな、と思い、いつも子どもたちの前で演奏するときにするように、持参した『アフリカの音』の絵本の読み聞かせから入ることにしました。

 準備ができて、園の先生に始めていいか確認し、「こんにちは〜」と子どもたちに言って、軽く自己紹介をして、読み聞かせに入りました。読み聞かせは他メンバーにやってもらい、私はそのバックにタイコを入れていきました。

 それからタイコのリズムを叩いたり、歌ったり躍ったり、手拍子をしてもらったり、子どもたちも楽しんでくれていたようです。そして最後に持参した10台くらいのタイコを並べて、「叩きたい人〜?」と聞いたらみんな手を上げたので、交代で叩いてもらいました。

 最初は私のリズムに合わせていたものの、しだいに好き放題、なりふり構わず?のタイコ合戦になってしまいました。まぁある程度予想していたことでしたので、頃合いを見計らって交代していきました。

 後で聞いたところによると、子どもたちにも先生たちにも評判がよかったようで、私もやってきた甲斐があったというものですー。元気いっぱいの子どもたちに負けじと声を張り上げたので、声が枯れてしまいましたが。

 そして実は、「すみの方で演奏をするのかと思ったら子どもたちが勝手にスペースを作りいすをどんどん運び,ステージが出来てしまった,とのことでした。先生達は誰も何も言っていなかったらしい」と友人が伝えてくれました。ここの幼稚園ならではの自主性?かもしれません。

「前の園長先生の想いに引っ張られて」私たちが集まった、と別の友人が伝えてくれましたが、私もまったくそう感じていました。また訪れることになりそうな、そして訪れたくなる幼稚園でした。

※幼稚園のホームページに当日の写真がアップされていますので、ご覧になりたい方はお知らせください。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
tomoto
tomoto
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事