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「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

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  [第2章 学校裏サイト対策]から 【保護者および教師へのレクチャー】より

《まず要請にしたがって、下田研究室では学校長をはじめ同校教員に向けて生徒のインターネット利用問題対応の基本について説明した。このレクチャーの要点は以下の四点につきる。

1)誹謗中傷の書き込みなど問題発信の対策は即座にはできない。感情的・威圧的な対応をせず戦略をもつべきである。

2)パソコンからの生徒のインターネット利用、とくに学校内でのインターネット利用については学校が責任をもつべきであるし、その責任を果たすこともできる。

3)しかしケータイからの生徒のインターネット利用は、それが極度なパーソナル・メディア利用になるため、学校が責任をもつべきではないし、もとうとしても責任がもてない。

4)基本的には子どものインターネット利用は家庭、保護者の責任である。まず保護者に向けた啓発の機会を作る必要がある。学校は保護者の問題解決の支援者であるべきである。》


《次いでケータイに搭載されたインターネットのメディア特性について、以下のような基本的注意を行った。

1)子どもらに与えたケータイは単なる電話ではなく、インターネット端末(コンピュータ)であること。

2)インターネットの情報環境には子育て教育に役立つホワイト・ゾーンと呼ばれる情報層ばかりでなく、未成年者を非行や犯罪に引き込むブラック・ゾーンなども多くあり、危険な様相を呈していること。さらに子ども自身がケータイのカメラを使ったわいせつ情報発信をはじめていること。

3)上記のようなメディア特性から、インターネットは子どもに好き勝手に使わせてはいけないこと。とくにパソコンからのインターネット利用より指導が難しいケータイからの利用には特別な注意が必要であること。今回の生徒らによるわいせつ情報など有害情報発信を機に、その犯罪性を家庭で子どもに話し理解させるべきであること。

 要は、ケータイを与える保護者にこのようなメディア特性理解がないことが、トラブル・事件の原因になることをしっかり理解させたのだ。そのうえ保護者に次のような指導をした。

1)子どもがケータイを欲しがったら、なぜ必要なのか説明させ、場合によっては買い与えない。

2)買い与える場合は親が契約者となりアクセス制限をさせ、ルールを定める。

3)有害情報を受信してはいけない理由も説明し誹謗中傷やわいせつ情報など有害情報発信を禁止する。

4)ルール、約束を守らなければとりあげるなどペナルティを科すとともに、親との約束が果たされたらほめるなどしつけをきちんとする。


 【子どもに対するレクチャー】より

《このような緊急的啓発プログラムの内容を一般化すると、次のようになる。

1)一般的なモラルやルール教育ではなく、リスク回避という視点から、具体的に遊びの危険性を説く。

2)その過程でインターネットのメディア特性を理解させる。

3)とくに、問題が起きている種類のサイトの利用上のリスクを解説する。さらに多様なインターネット遊び場での、悪い大人が仕掛ける罠(ウェブ・トラップ)や子ども自身がはまる落とし穴(ピットホール)について具体的な開設をする。》


●「親へのレクチャー」はいいのですがー

 本当に考えてほしい親は聞きに来ることはないのでしょうね。すでに小学校低学年からケータイを買い与え、子どもがただ友だちのところへ遊びに行くだけなのに、いつも持たせている親がいます。家庭の事情があるのでしょうかーそうは思えないような子どももウチの近所にいますがー。

 友だちが持っていたら欲しがるのは子どもだったら当然のこと。それを突っぱねながらしっかり育てていくことが必要になってきますが、なかなか大変なことかもしれません。

 また、もっと大きくなって友だちの家へ遊びに行った時に、好き勝手にインターネットにでも接続して遊んだりしたらーと思うとゾッとしますが、そうなっても大丈夫なように自分の子どもを育てられるのだろうかー。育てていかないとなぁ。

 子どもたちに広がる携帯電話、それに付随して広がる負の側面については、私もある程度把握していたつもりでしたが、この本を読んで、「大人たちが私利私欲のために子どもたちを引きずり込む巧妙な仕掛け」についてあらためて知ることができました。

 その底知れぬ手口に暗澹たる思いでいますが、肩を落としているばかりでは始まりません。大人がこの実態をしっかりと知ることから始めて、それぞれの家庭で対処していかないことには、どうしようもないことだと感じます。

                         *

 [第1章 急拡大した学校裏サイト]から 【学校裏サイト発信の問題点】より

《わいせつ情報発信の中には誹謗中傷につながる書き込みもある。たとえば「虫食いの名指し」で「クラス○○は兄としている」という書き込みがなされていたり、「○○は○○が好きだ」とか「エンコーしている」などという書き込みもある。また、近県の教師からは「わが校の学校裏サイトで『○○は母親とできている』などという書き込みがなされて困っている」という訴えもあった。》

《このような子どもたちの発信が行われる原因は、社会常識に乏しく論理的なブレーキもかからない、というよりそのような心のブレーキが子どもの中に育っていないことにある。換言すれば、心のブレーキとしての自制心が未熟な思春期に、最高度な編集・発信機能を有するケータイを「暇つぶしの道具」として与えて、好き勝手にさせていることが問題を生む根本原因なのだ。

 子どもたちの危ない情報発信、たとえば「ためにする噂話」などに関していえば、おおむねそのできばえが幼く、微笑さえ誘うものの、たわいもないやりとりの中から突然生まれる割れたガラスの破片のような誹謗中傷の危険な書き込みからは、子ども同士が互いに傷つけ合っているという印象さえ受ける。そこには大人社会の名誉毀損とか誹謗中傷問題とは比較できない深刻さがある。》


●携帯電話はもはや「携帯電話」ではなく、「ケータイ」という小さいけれど底知れぬ威力を持つ道具(モンスター?)と考えなければいけない、と聞いたことがあります。

 著者の言っていることに全く同感です。年端も行かない「子ども」に、なぜこのような高機能で操作が簡単なモンスターを与えてしまうのかー。それは親の育児放棄に近いものがあると私は感じます。

 「面倒だから与えておこう」「与えておいた方が連絡が取りやすいから与えておこう」では、ちゃんとしたコミュニケーションを取って育てて行くというプロセスを放棄しているのと同じことではないでしょうか。

 どうしても必要であれば、話し合った末にまずルールをしっかり作ってから与えるものであることは明らかですし、日本ほど簡単に子どもにケータイを与える国は他にないと聞いています。

 そういった意味では、子どものことをちゃんと考えることをせず、それどころか子どもから利益を貪ることしか考えない、我利我利亡者の国です。
 
 そして気がつけば、何をするにもケータイがないと「できない」ようなシステムにしてしまおうとしている。一手間かけて、他の連絡方法などをもはや作っておこうともしないようなことが、世の中にはびこっています。その一手間を抜くことが、世の中を恐ろしい方向に押し流そうとしているのではないでしょうかー。

《こうした前提を踏まえ、鑑定書は少年の行動の謎を解いていく。以下に引用する。

〈父親を殺そうとしたこと
「今度ウソをついたら殺す」と父親からしきりに言われていた。そして少年は英語のテストは難しかったとウソをつき、さらに自分の得点が平均点より7点上であるとウソをついていた。少年の字義通り性によって、少年は本当に殺されると感じていたと考えられる。これは日頃から受けている暴力とは次元を異にしている。またこういう場合、広汎性発達障害では、殺される前に殺さなければならないと考える傾向がある。〉

 「字義通り性」もまた耳慣れない言葉だが、簡単に言えば「言葉をそのまま受け取る」という意味だ。広汎性発達障害の特徴として、「冗談」や「悪ふざけ」、「たとえ話」をそのままの意味に受け取ってしまい、コミュニケーションに混乱を生じることが挙げられる》

《裁判長も全面的に採用したように、鑑定書の内容は説得力がある。
 だが、検察官や「反人権弁護士」のマスコミを中心に、広汎性発達障害の概念そのものに否定的な人々はまだまだいる。そういった人がこの鑑定書を読むと、「こじつけ」ということになるだろう。「こんなことは、普通の少年でもあることだ」と言って。

 私は人権派ではないし、一部の弁護士が広汎性発達障害を「心神衰弱」の理由にして、責任能力を回避しようとする動きには否定的だ。

 だが、数々の少年事件を取材してきて、いくつかの事件の犯人に広汎性発達障害の特徴を見出したことは、紛れもない事実である。佐世保で小学校の校舎内で同級生を殺害した小6の少女(医療少年院送致)もそうだった。かつて実母を殺害し、少年院を出所した後に大阪で見知らぬ姉妹を虐殺した山地悠紀夫(死刑確定)もそうだ。

 広汎性発達障害という概念を広めるべきだと私が思うのは、彼ら彼女らは環境的な要因にあまりにも左右されやすい、ということだ。逆に言えば、周囲の人間が障害に理解を示すことで、対人関係がスムーズに進むこともある。そのためには現在よりも障害への社会的認知を高める必要があるだろう。 

 誤解のないように言っておくが、広汎性発達障害のほとんどの人は、けっして攻撃的ではなく、むしろイジメや偏見と闘いながら地道に懸命に生きている。広汎性発達障害がクローズアップされるのは、その犯行形態が極めて異常なケースがあるからだ。
 奈良の少年もそうだろう。通常の感覚では理解しがたい数々の行動は、この特質によって引き起こされたと考えるのが妥当のように思える。

 しかし、それでもなお、私の心中のざわめきは消えない。
 少年は本当に、ポツンと置いてあったからという理由だけで、自転車にまたがったのだろうか。より遠くへ、より速く、逃げたかったのではなかったのか。
 嫌な家から。嫌な父親から。
 少年の本当の気持ちを知ろうとするのは、しょせん空しい試みなのかー。
 一つだけ言えることがあるとすれば、少年はあまりに孤独だった》


●草薙厚子さんの考えに共感します。そして、事件の遠因、いや、大きな要因に、「障害」の問題があり、それは今回に限ったことではなく、少年少女に関わる事件の多くに関与している可能性があると知ることができ、この本を読むことができて本当によかったと思っています。
 
 この本が多くの人に読むことができるようになっていないということ自体、さまざまな「障害」への認識が不足していることに他ならないのではないかと私は思うのですが、いかがでしょうかー。

 そして、例え障害があっても、その子に向き合ってその子の特徴を掴んで地道に対応していくだけであり、それは障害のあるなしにあまり関係がないのではないかと、私は自身の教室でさまざまな子と出会い対応していく中で思っています。

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 第九章【鑑定/少年が抱えていた「障害」】より

《 付添人の2名の弁護士からは、少年の鑑定が請求された。
  鑑定請求書にはこう記載されている(原文ママ・ルビは引用者)。

〈少年は、犯行前に父親に対する殺意を有するに至り、実行に移そうとした事実も認められるが、第1回審判での少年に対する裁判官からの質問にもあるとおり、その行動にも現実味がなく、突飛さがみられる上、さらに、本件犯行もかかる父親への殺意がその端緒となっているにもかかわらず、父親不在の際に敢行され、しかも、放火行為に及ぶ必要性も客観的には乏しいにもかかわらず、これを実行に移している。

このような少年の犯行動機と犯行の間には齟齬が見られ、行為自体も短絡的で了解不能な点が存し(中略)事案の重大性に照らし、慎重の上にも慎重に判断していただくべく、少年の本件犯行時の精神状態を明らかにするため、本鑑定を請求する〉

 検察側は「鑑定の必要性はない」と意見書を提出したが、石田裕一裁判長は鑑定を行うことを決定した。
 結論から言えば、鑑定結果は少年の処遇を決定する際の大きな論拠となった。
 現行少年法に照らせば、16歳以上で殺人罪を犯した少年は、原則として検察官送致されることになっている。つまり、公判廷で刑事裁判を受けることになる。
 少年の場合、年齢と罪状を鑑みれば、検察官送致に該当する。しかし、裁判長が下した決定は、「中等少年院送致」の保護処分だった。
 石田裁判長は「決定要旨」の「結論」の部分にこう書く(原文ママ・ルビは引用者)。

〈少年は、(中略)高校入学後の最初の定期試験で平均点を大幅に下回る点数しか取れなかったという、少年にとって誠に危機的な状況に陥ったことから、遂に不快な感情を抑えつけることができなくなり、実父に叱られずに済む方法として、「実父を殺害して家出をする」ことを決意した。

 そして、それを実行する場面では、広汎性発達障害という少年の生来の特質による影響が強く現れ、放火という殺害手段を選択したり、殺害する相手がいないという現実に合わせて計画を変更できなかったり、継母らの生命の危険に十分注意が及ばなかったり、放火が犯罪であるということに全く注意を向けなかったり、その後場当たり的に占有離脱物横領などの行為を重ねたりしてしまったものである〉

 広汎性発達障害。それが、鑑定人が少年に下した診断だった。
 広汎性発達障害とは、「自閉症」、「アスペルガー障害」、「特定不能の広汎性発達障害」などを含む、生まれつきの資質に基づく発達障害のことである。少年の診断名は特定不能の広汎性発達障害だった。

 近年、非常に注目が高まっているとはいえ、まだまだ馴染みが薄い障害なので、ここで簡単に説明しておく。
 広汎性発達障害の基本的な特徴は、「対人相互的反応性の障害」と「強迫的傾向(固執、こだわり、反復)」とに要約できる。

 平易な言葉にするならば、対人関係において相手の感情をうまく読み取れないというハンディキャップと、一つの事物に集中すると他のことに注意が向かない傾向、となる。そうした基本特性は共通だが、たとえば自閉症は言語発達上の問題を有するなど、障害の程度には幅がある。特定不能の広汎性発達障害は、自閉症やアスペルガー障害のような特定の診断名がつかない広汎性発達障害を指す。
 少年の鑑定書には、こう書かれている(原文ママ・ルビは引用者、以下同)。

〈広汎性発達障害の根底にある注意の障害の中には、あることに注意が向いている時は、他のことにあまり注意が向かずに、周りへの配慮に欠くということがある。その程度は病的であり、単なる不注意という程度ではない。特に現前する物や現在の関心事に強い注意が向くことが多い。そして、抑うつ気分にあるときは、この傾向がさらに強まる。

 今回の事件を引き起こすには、上で述べた持続的な抑うつ気分、注意の限局と、少年のもつ強迫性の字義通り性が大きな役割を果たす。
 事件の理解は、一般的な心理解釈だけでは不十分で、こういった広汎性発達障害の特徴を考慮して行われる必要がある〉》


●私はこの本を読み進めて、最後にこの少年に下された診断を知って驚きました。
「広汎性発達障害」だったとはー。
 その特徴は上記に記されている通りだと思います。
「後先顧みずに行った行動」は、この「障害」に依るものだった部分が大きかったというのですから。

 父親は勉強を押し付けるばかりで、自分の子どもがどのような行動を取り、どのような特徴があるのかなどには、目もくれずにいたのでしょう。
 母親も二人の板挟みとなり、そのような「障害」の存在、ましてや自分の子どもがそうだなんていうことにはまったく気が回らないでいたのでしょう。

 学習障害も含め、このような障害を持つ子は近年どんどん増えていると聞きます。広く一般にこの障害のことが認知され、どのような子どもでもその可能性はあると知っていたら、このようなあまりの悲劇には発展しなかったような気もするのですがー。

 【少年の供述調書より】

《今回の中間テストが始まる2日くらい前、平成18年5月24日ごろの夜でした。
 この日もいつも通り僕は書斎で勉強して、パパが監視していました。僕は英語2の勉強をしており、その時、パパが席を立ったことがありました。僕は毎日の勉強の疲れからつい居眠りをしてしまいました。

 僕が居眠りをしている間に、パパが部屋に戻って来て居眠りに気付くと、いきなり寝てる僕めがけて、机の上に置いてあった分厚さが7センチくらいある英語の辞典を投げつけてきて、僕の顔にもろに当たりました。

 パパは、なんで寝てんねん、そうやって寝てるからお前のそばで勉強を見やんなんねんや、俺もしんどいんやと怒鳴りつけました。

 眠くてたまらず下を向いていると、僕のためにママが入れてくれた冷たい緑茶が机の上に置かれており、パパはその緑茶の入ったコップを手に持って、僕の顔にかけました。僕の顔は一瞬にしてびしょびしょになり、机の上に置いてあった本やノートなども濡れました。

 僕はパパに、
 そうやってお茶とかかけるからまた勉強遅れるんや、
 と言うと、パパは僕に、
 やかましいわ、早くやれ
 と怒鳴り返してきました。
 その翌日、友達に濡れてしわくちゃになった本を見せながら、昨日おとんにお茶かけられたと言うと、友達は、ひどいなぁと同情してくれました》

《少年にとっての「最後のテスト勉強」も、このように過酷なものだった。
 第一章でも述べた通り、テストの結果はまずまずだった。
 ただ1科目、英語1だけが平均点を大きく下回った。
 少年は父親の暴力を恐れるあまり、「平均より7点上やった」とウソをついた。

 本当に、ただそれだけだった。
 それだけのことで、少年は自宅に火を放ち、結果的に家族3人の命を奪った。
 点数が20点足りないだけで。

 時計の針が戻せればと、父親は願っているだろう。
 だが時計の針が戻り、万が一、英語1の点数が平均点に足りたとしてもー。いつか同じ惨劇が起こっていただけかもしれない。
 気付くチャンスは何度もあった。
 そのすべてに目と耳を塞いだ結果、父親は大切なものをすべて失うことになる》


●この父親は、「子どものために」と真剣に思っていたことでしょう。それは言い換えれば「善意」。「善意」に潜む「悪意」(自分では気づかない押しつけ)ほど空恐ろしいものはないことを、私はこれまでに森達也さんの本他で学んできたつもりです。

 それは常に自分自身を振り返ることをしていなければ、誰にでも、もちろん私自身にだって、いつでも降りかかってくるものです。こうして書くことは私自身を振り返る作業ですから、自分自身を客観的に見ることができる貴重な時間となります。もちろんこれだけでOKの万能なものではないでしょうがー。

 「二度と取り返しのつかないこと」を、私自身もしたくない。これまでに何度そのようなことをやってきただろうか。生きる事は恥をさらすことなのかもしれません。同じ過ちは繰り返したくないけど、繰り返してしまうときは繰り返してしまうのだから。別に繰り返すことを正当化するわけではなく、繰り返したくないけどやってしまうのも、人間なのかもしれないとフト思うのです。

 いずれにしろ、生死に関わることに発展したら、本当に取り返しがつかないー。

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