さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

仕事・ライフスタイル

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

  ストックからフローへ より

《上野:それから学ぶべきは、これまでのように住宅私有本位制資本主義を維持する方向にではなくて、ストックをフロー化する、つまり、住宅を、「所有する」ものから「使用する」ものへかえていくという方向へ舵を切るチャンスがやっときたんです。

 その条件のひとつは、団塊世代が営々と築き上げてきた持ち家、超高齢化のおかげで、否応なく放出してフロー化せざるをえなくなるときがやがてくること。彼らは住宅をフロー化してケアサービスと交換することで、老後の安心と安全を手に入れることができます。つまり一生を抵当に入れて形成した資金を、一代で食いつぶしてあの世へいけばよいのよ。
 
 ケアサービスを供給する事業主体には、第三セクターや市民セクターが育っているから、そういう公共的なセクターの介護事業体が、持ち家のある要介護者を死ぬまで安心して過ごせるようにお世話してあげれば、残った資産を事業体に遺贈してくださる方だっていらっしゃる。実際にそういう例が、すでにあります。そうすれば小規模な民間住宅を少しずつ公共財として地域にストック化していくことができる。そういう住宅をそのまま若い世代向けにシェアハウスとして提供してもいいし、地域の茶の間みたいなコミュニティセンターにしていってもよい。そうすれば、立派なハコモノなんていらない。

 公共住宅だって、いまみたいに集合住宅のようなかたちでニュータウンにまとめて建てなくても、戸建ての住宅が公共住宅のストックとしてポツン、ポツンと地域のそこここにいっぱいあればいいのでは。民間住宅をこのまま公共財化して、低家賃住宅として低所得者に提供していくというやり方があります。》

《公共団体やNPOが、公共財としての賃貸住宅を、地域にストック形成していくときがきた、それも超高齢化のおかげで、と私は思っているの。後継者のいない商店街のシャッターの降りた店舗や、子どもが帰ってくる予定のない地方都市の住宅地の住宅を、どしどし放出してほしい。そして、これを支援するような制度と政策のしくみをつくってほしい。そのためには、子どもがいても、子どもには資産を遺さないことね。

 ストックのフロー化については、もうひとつアイディアがあります。郊外にいっぱいつくったとても不便な公営住宅に、櫛の歯が欠けるみたいに空き室が生まれていますね。建設当時、四階建てまではエレベーターなしでつくっているから、足腰の弱った高齢者にはとても住みにくい。空き室が増えると、住宅はどんどん老朽化して荒廃が進む。そのくらいなら、そこに若年層を低家賃で入れたらいい。》


《辻元:若者の単身者や働きながら子育てをしている層にも、NPOや組合が運営するかたちで住居を提供できないかと私は考えている。公営住宅や雇用促進住宅などをリニューアルして財政にも寄与してもらうくらいの発想で活用すれば、いまの20代、30代の人たちが少しは暮らしやすい社会になるでしょう。

 自分のなかの可能性を引き出せる教育システム。歳とってから年金と医療がきちんと保障される制度。そこに住宅に対しては共同経営的な発想にもとづくパブリックの手助けがあればずいぶん生きやすくなる。贅沢したいというわけではなくて、そこそこ暮らせる制度への構造改革だよ。》


●住宅に関しての上野さんの考え、私もいいと思います。そのように、地域で活用できるものを活用していくことが、今後地域を活性化し、お年寄りにとっても、子どもたちにとっても、暮らしやすい社会にしていくために欠かせないことなのではないでしょうか。

 上野千鶴子さんは、私が大学に入った頃から活躍し始め、その動向をずっと注視して来た方です。
 辻元清美さんは、やはり私が学生時代、書店で彼女の本「ピースボート出航!」を読んで感化され、ピースボートに乗りたいとの一心で東京で期間工のアルバイトをしてお金を貯め、1987年に乗船を果たしました。そして、それがきっかけとなってアジアに目が開き、東京で私が一からネットワークを築いていく端緒となりました。

 そんな、私が20年来その動向を追い続けているお二人が、いったいどのような話をし合ったのかとても楽しみにこの本を読みました。
 しばらく、本書から特に気になるところを抜粋し、そこから感じたことを記していきたいと思います。



  第1章 仕事、住まい
 【よい柔軟化、悪い柔軟化】 より

《上野:もう一度、年収300万について考えてみたい。
 1989年に、ゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10カ年戦略)ができたときに、ヘルパー10万人計画がありました。全国で10万人の増員。じゃ予算措置はどうするかというと、ヘルパーの標準年収300万が、そのとき設定された額でした。

年収300万だと、「それじゃ、結婚もできないし、子どもも持てない」と言う人がいますが、そんなことを言うのは、たいがい男。自分ひとりで家族を養おうと思わずに、同じ年収水準の女性と結婚して共働きすれば、合わせて600万になる。それなら家もローンで手に入れられるし、子どもに高等教育だって受けさせられる。そこに話がいかないのは、保守的な結婚観をもっているからです。》


●相変わらず舌鋒鋭い上野さんですが、私は彼女の上記の意見に賛同します。
 ヘルパーの標準年収300万がいいかどうかという議論は別にして(労働内容からいったらもっと上がって当然だと思います)、「それじゃ、結婚もできないし、子どもも持てない」と私も思っていません。
 と、言いますか、私はもともと結婚しなくても(できなくても?)人生楽しく生きていければいいと思っていました。もっとも、人生楽しく生きている人のところには、人は寄って来ますよね。異性同性の別なくー。

 そんな中で価値観を共有し合えるような人と出会ったら結婚すればいいですし、別に結婚しなくたって構わない。私はたまたま40歳位でそのような人と出会ったので、結婚して(事実婚ですがー)子どもも持った。

 最初から一人で家族を養うなんていう考えはなかったので、2人で1人分、いや1、5人分くらいの稼ぎがあれば、家計は賄えるし子育てだって何とかなります。そうすると、人生ゆとりを持って生きていけます。

 上野さんの言うように、「保守的な結婚観」がなければ幸せに生きることができる人は、世の中にゴマンといることでしょう。私と似たような考えを持って実践できている男性も増えてきているようですし、きっとこれからも増えていくことでしょう。

「自由にやる、自由になる、自由大学」〜『Link Club Newsletter』より−3

  次世代の生き方、ライフスタイル

《黒崎氏は今後、自由という価値観を大切にする人の時代がくると考えている。
 「ヒッピーたちの思想からくるマックと、国防総省という国家管理体制からきているウィンドウズに互換性ができてつながってしまったというのが象徴的で、これまで体制と反体制がつながるという流れがあった。
 60年代のパリ5月革命以降、自由を求めていた若者が、『金儲けのほうがいい』と経済性を重視するようになって、自由は傍流にいってしまった。そこで経済がプシュッと萎んでしまったというのが、現状。今また、その流れが変わる時期がきていると思うんです」

 しかし簡単には自由になれないと感じる人も多いのでは。
 「今、脳科学が流行っているけれど、バリアというのはほとんど脳の中にある。以前、長い間、男に監禁されていた女の子がいたでしょう。逃げようと思えば、逃げられたかもしれない。でも、そこから出てはいけない、逃げられないという空気があって、それが頭の中にバリアをつくった結果、長期間の監禁につながったのかもしれない。

僕は、安定した企業に就職しなくちゃいけない、定期的な給料をもらわないと生活できないというのも、その女の子の思考とほとんど同じだと思う。明治時代以前は株式会社なんてなくて、地域のコミュニティの人間関係の中でいろんなことをやって食べていた。そういうことから、いったん考え直していく時期にきているのではないかと思う」

 「たとえば『ノマド的ライフスタイル』は、コンピュータとメールアドレス、銀行口座があれば、収入を得る方法はいろいろあるという内容の講義。1ヶ所から給料をもらわなくても、いろいろな仕事をしてトータル30〜40万円になればいいというワークシェアリングは、次の世代の生き方じゃないですか」

 自由大学での働き方を教材にして、黒崎氏自ら教授を務める「未来の働き方、フリユニモデルで働く」という講義。これも、そうした新しい働き方、ライフスタイルとは何かを問いかけるものだという。

 「たとえば排出ガス規制だって、ヒッピー的な視点からみれば、自転車で移動するとか、地元のものを食べるとか、それほどお金もかからず、豊かに暮らしながら解決する方法がある。それをいきなり排出権を売買するとか、技術的なことで解決しようとするからおかしなことになるんだと思う。働き方だって、政治的に雇用創出するのもいいけれど、生き方とかライフスタイルから入っていけば違った答えが見つかるんじゃないかな」》


●私自身、「生き方とかライフスタイル」を模索し続けるうちに、今の「仕事」に出会い、「働き方」を築いていきましたから、黒崎さんの言いたいことがよくわかります。

 若い頃によく考えていたのは、「誰からも、特に第三世界諸国の人たちからも‘搾取’しない生き方をしたい」ということ。そうすると、自ずと企業社会にどっぷり浸かるという選択肢は外れていきました。

 例え稼ぎは少なくても、そのような生き方をする方が、気分よく生きられるだろう、とー。選択肢は限られていくと思いきや、自分で選択肢を限れば、その選択肢の中にはさまざまな選択肢があるということが見えてくるものです。

 そう決断するまではものすごく思い悩みますが、そうしたプロセスの末に、「自分で決めること」さえすれば、自分の人生において、それは決して「間違い」ではなくなる、と振り返って思います。

 だから私も、「生き方とかライフスタイルから入る」ことを、今の若い人たちにもおススメします。そして、自分の能力を自分で決めつけて狭めることをしない方が、楽しい人生を送れますよ、とも伝えたいものですがー。

 アップルコンピューター利用者の会報「Link Club Newsletter」には、時おり他ではあまり取り上げられないような方のインタビューや情報が載っています。今回は、「自由大学」を率いる黒崎輝男氏のインタビューが載っていて、私はとても興味深く読みました。

 「自由大学」とは、世田谷ものづくり学校を拠点に開校し、「誰もが自由に学べ、先生も教えたいこと、伝えたいことのある人が自由にテーマを出して講義をする。学ぶ人、教える人、講座を組み立てる人、運営する人が一緒になってつくり上げていく場」であるといいます。

 以下、インタビュー内容を紹介したいと思います。
                          *
  今、英知が必要な理由とは

《「オバマのキャンペーンじゃないけど、ウィズダムキャンペーンをやろうと思って。今こそ英知が必要だ、と。しごく真っ当なことだけど、今までひねくれてて、真っ直ぐにやらなかった(笑)。でもオバマを見て初めて、そういうのもアリだな、と思った」
 開校のきっかけを、こう語る黒崎氏。なぜ今なのか、わかりやすく説明してくれた。

 「オバマの選挙参謀にはフェイスブックの創業者がいたり、陣営にユーチューブを作る人がたくさんいたり。ネットによる選挙活動で多額の選挙資金を集めることにも成功して、夫が元大統領で多くの企業からバックアップを受けていたヒラリー・クリントンに勝っちゃった。選挙民の情報とお金がひとつになった。これは凄いことです。

それに今、調子がいい企業、ナイキやグーグル、、アップルコンピューターみたいな企業は、本社をキャンパスと呼んでいるでしょう。社員自ら学びながら企業理念をつくるという姿勢を表す、凄くいい言葉だよね。そういう会社は建築や空間の機能もゆるく作ってあって、皆が自分で考え、議論できる雰囲気がある。ナイキのキャンパスなんか、スタジアムなどのスポーツ施設にライブラリー、情報センター、カフェがあって、今までの企業の本社ビルとはまったく違う流れでできている。

縦割り式の組織で決められた仕事をより早く多くこなす企業戦士から、クリエイティブクラスへと社会の求める働き方が変化している。日本も変わらないといけないよね」

 社会の座標が移り変わりつつある今、これまでと違った学問やライフスタイルを吸収する場が必要と語る。》

●「本社をキャンパスと呼んで」、「社員自ら学びながら企業理念をつくるという姿勢を表す」というのですから、ビックリです。今をときめく成長企業は、これまでの会社の概念とは全く異なった会社を作り上げているのではないかと感じさせてくれます。

 個々の想像力・想像力を存分に発揮させてこそ会社が発展するのでしょう。生涯学び続けてこそ仕事が成り立つという時代にすでに入っているということを、日本の社会も認識していかないといけないはずですがー。

 [雇用問題と自己責任論] 【的外れの自己責任論】より

《労働者が自己管理ということに敏感であろうがなかろうが、あるいは企業経営者の経営倫理がどうであれ、もし労働力というものが商品と同じように必要なときだけ必要な分だけ手に入り、不要になったら返却できるようなシステムがあれば、(一般的に言って)企業がそのシステムから受け取る利益の誘惑に抗しきることなどできないだろう。会社とは、そういうものであり、それ以上の企業倫理を、今のシステムを温存したままで会社や企業経営者に求めるのは筋違いというものだ。同時に、派遣社員に対して自己責任を求めるのも、まったくのお門違いの要求である。

 この問題を考えるためには、企業とは何であり、社会の中でどのような役割を果たすべきかというところまで思考のリーチを伸ばす必要がある。また、この問題を解決してゆくためには、企業が短期的な利潤確保のために労働力の商品化を推し進めてゆくことが、中長期的には企業の力を弱め、市場の活力を失わせ、永続的な活動に重大な支障をもたらす(だろう)ことに、論理的な根拠を与える必要がある。

 アダム・スミスを持ち出すまでもなく、企業とは利潤獲得のために利己的にふるまう生きものであり、私たちの社会はそのことに対してすでに同意を与えてきたはずである。だとするならば、利潤獲得のための利己的な行動と、労働者の利益が協同するシステムを見つけ出さなければならない。そして、そのために経営者も労働者も、同じ企業社会という生態系の中で生きているという論理を作り上げることができるかどうかが、いま問われていることなのである。》

●なかなか難しい問題だと思いますが、なるほどと思いましたー。

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
tomoto
tomoto
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事