さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

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 第6章 新しい時代における知的作業の本質は何か? 
  1 知的作業の核心である三つの作業 から
 【最も重要なのは「問題設定」】より

《ところで、「受験勉強の弊害」ということが、よく指摘される。通常言われるのは、「暗記偏重」とか「詰め込み」ということだ。しかし、私はこうした批判は誤っていると思う。暗記や詰め込みは、学習過程において必要不可欠なことである(単語を覚えずに、どうして会話ができるだろう? 九九を暗記しなければ、計算は著しく大変な作業になる)。受験勉強は、暗記や詰め込みを否応なしに行わざるを得なくなるという意味で、歓迎すべきものだ。

 受験勉強の真の弊害は、「問題設定の能力が鍛えられない」ことである。なぜなら、受験勉強では、問題は設定されているからだ。それを受け入れて、答を出すことを求められている。これに慣れてしまうと、積極的に問題を設定しようとしなくなる。それこそが問題だ。》


●「学ぶ」の語源は「まねぶ=まねる」ということはよく知られていることですが、それに通じる話かと感じました。「学ぶ」ことは結局「暗記」につながるわけですし、それをいっぱいやると「詰め込み」と言われるのかもしれません。でもその「詰め込み」の容量は、人によって違うはずですから、そこのところさえ考えれば例え「詰め込み」になったとしても、それはその人が学ぶ上で必要なプロセスになるのではないでしょうか。

 後半部分は、単にやらされる勉強だけしかやってこなかったら、いざ社会に出てさまざまな問題にぶつかったときにそれを乗り越える力がつかない、という話に通じると思うのですが、いかがでしょうか。

 第5章 検索は知のスタイルを変える  
  4 新しい知の時代における勉強法と教育法 から
 【理解しなくとも、自分で考え付かなくとも、とにかく進め】より

《大学教養課程の数学のクラスで聞いた「数学は暗記だ」というS助教授の一言が、数学に対する私の考えを根本から変えた。第1章の3で、このように述べた。その背景を説明しよう。

 高校生の時、私は「数学を理解しなければならない」、また「問題の解法は自分で考えださなければならない」と、無駄な努力をしたと思う。「解き方を覚えて先に進んでよいのならもっと簡単なのに」と考えていた。

 しかし、教師は「理解してから進め」と言う。したがって、私は「理解しなければならない」という強迫観念に悩まされ、そうしない時には、罪悪感を持った。いまにして思えば、理解しないで進んでも問題はなかった。実際、先に進んでいれば、上から見渡せる。上から見れば、いろいろなことが簡単に理解できる。あるいは、理解すべきことと、しなくてもよいことの区別がつく(実際、厳密に言えば、公理系として決めていることは、もともと理解できるはずがないのである)。

 教師はまた、「人の真似をするのなく、自分の頭で解き方を考え出せ」と言う。だから、私は、「教科書に書いてある解き方を見る前に自分で考えなければならない」という強迫観念に悩まされ、そうできない時には劣等感を覚えた。しかし、いま思えば、教科書の方法を覚えるだけ先に進んでもよかった。

なぜなら、多数の問題の解き方を見てそのパタンを覚えてしまえば、たいていの問題はその応用として解くことができるからだ。それに最初にその解法を考え出した人は、長い時間と試行錯誤の末に成功したのに違いない。そうした先人の労苦はありがたく利用すればよいのであり、同じ苦労をすべての生徒が繰り返す必要はない。

 だから私は、いまでは「理解せよ」「自分で考え出せ」という注意は誤りだったと、自信を持って言える。それにもかかわらず、いまだにそうしたことを言って、数学嫌いの生徒を大量に生産している教師がいる。「分からなければ、あるいは自分で考え出せなければ、暗記してしまえばよい。気にせずに先に進もう。そうすれば、いずれ分かるだろう。また、解き方を覚えているだけでも、ほとんどの問題は解ける」と、なぜ言ってくれないのだろう。

「理解せよ」「自分で考え出せ」と言い続ける教師に対して、私は、「あなたは本当に理解したのですか? 教科書を見ずに、本当に自分の頭だけで解き方を考え出したのですか?」と詰問したい気持ちだ。

「一箇所にこだわっているより、とにかく進むほうがよい」と考えるのが正しいもう一つの理由は、技術進歩によって学ぶ必要がなくなる場合があることだ。その好例は、逆行列の計算だ。これを手回し計算機で計算するのは、大変な労苦だった。それに、途中で計算違いをしたりする。「こんなことはやりたくない」と、つくづく思った。しかし、数値計算法の教師は、「こういう地道な作業を嫌うのは、よくないことだ」と言う。だから、私は罪悪感に苛まされた。

 しかし、いまでは、PCを使ってあっという間に答えが出てしまう。逆行列の計算公式を知らなくとも、逆行列を使うことはできるのである(ただし、逆行列が存在する条件を知っていることは重要だ)。序論で述べたように、私は、MS−DOSの勉強はいい加減にすませたし、HDのフォーマットでは人任せですませた。それでもPCを使うことはできた。否むしろ、それにこだわっていたら、PCを十分に使い切ることはできなかったろう。》


●私も著者の考えと同じです。らくだ教材もそのようなコンセプトで作り出されたものなので、著者が同じ考えを披瀝していたことにびっくりしました。

 また、最近私の生徒のお母さまから相談を受けたことがまさにこのようなことでした。子どもさんの学校の先生が、足し算や引き算を、「まず意味を理解するように教える」のだそうですが、そのお子さんはそのやり方に馴染まず、理解するどころか、それこそ「算数嫌い」「勉強嫌い」になるかもしれないぐらいだとお母さまはおっしゃっていました。

 「せっかく子どもはらくだを自分から毎日やる習慣がついているので、当面それでいいと思っているのですがー」というお母さまの言葉に、私は「もちろんです。らくだをこのまま進めていけば、お子さんもいずれ先生のやり方を理解する時が来ると思います。ただ、今はまだこの子にとって理解できる時ではないというだけの話だと思います」とお伝えしました。

 先生がやりたいことは、私もよくわかりますし、子どもたちにも理解してほしい。ただ、教室の子どもたち全員に一律に理解させるために「教え込む」かたちになるのは、今の時代、そぐわないのだと私は思うのですがー。

 「自分データベース」「情報ストック」、そしてGメール…。
 この本を読んで、私自身の持っている情報の「整理の仕方」が見えてきました。
 著者のいう「Gメール革命」という言葉、最初はよくわからなかったんですが、その内容を知るにつれ、これはスゴイことだと思えてきました。

 私のような個人事業主にとって、ほとんど無料でデジタル・オフィスを実現できるネット環境を活用しない手はありません。著者自身、ここ数年での変わりよう、その進歩の早さに驚いていました。私もびっくり、そして目からウロコです。

 といっても、わからない方にはわからないかもしれません。興味のある方は、本を読んでみてくださいとしか言いようがありません。ネット検索という手もあるかもしれません。

 本書の中から、特に紹介しておきたい部分を抜粋しておきます。

                         *

 第4章 検索を制するものは知を制す  1 なぜ検索の方法論が必要なのか から
 【「検索力」で差がつく】より

《検索をうまくできるかどうかで仕事の成果に差が生じるのだから、入社試験では、これをテストすべきだ。多くの会社の入社試験は、いまだに「つぎの言葉の意味を説明せよ」として、時事用語などの説明をさせているのではないだろうか? しかし、このような問題しか出せないのなら、その会社の将来は危うい。こんなことは、検索エンジンで直ちに答が得られるからである。いま必要なのは、こうした内容の試験ではなく、「新しいプロジェクトの企画を、検索エンジンを使って考えてみよ」といったものだ。》


●「入社試験で検索力を見る」という提案に私は驚きましたが、その後なるほどと思いました。検索エンジンを最大限活用して情報収集した上で、自分の頭を使って企画を練り上げるという力は、今という時代に必要な能力です。

 試験の形態と内容が変わるとすると、学習の形態と内容も変わって然るべきです。きっと、時代の変化に対応した企業なり学校なりが生き残っていくことになるのでしょう。

 佐野元春がインタビュアーのNHK教育テレビ“SONG WRIGHTERS”を私は楽しみにしていますが、今回の松本隆さんの話は、作詞の世界にとどまらない普遍性を持つもので、この人の話を聞くことができて本当によかったと思えるものでした。また、今だから語れるエピソードなども満載でとても興味深いものでした。

●はっぴぃえんど時代からやっていることは変わらない!?ー松田聖子プロジェクト

 松本さんは、はっぴぃえんど時代に、質と量で言えば質を追求した詞作りをして、「決して売れないように」とがんばっていた?そうです。でも、はっぴぃえんどの終盤では「売れてきてしまった」ので、居心地の悪い思いをしていたとのこと。

 そしてはっぴぃえんどを解散してから、アイドルたちの歌の詞を依頼されるようになってきましたが、今度は「質」の部分はそのまま維持しつつ、「量」、つまり、「いかに広く受け入れられるか」を念頭に置いた「質も量も」追求した詞作りをしていくことを自分自身に課したそうです。

 特に、松田聖子という「天才」に出会ってから、作詞は松本さん、作曲はその時代に活躍していた名だたる方々(松任谷由実、財津和夫、佐野元春、等など)と組み、良質な曲を常に提供してきたとのことですが、松本さん自身が自分自身の最高傑作と言っていたのが、はっぴぃえんどのメンバーだった細野晴臣さんと組んだ「天国のキッス」だというのですから、私は驚きでした。

 松本さんは、アイドルだからと言って手を抜くなんてことは決して行うことはなく、そのときそのときの自分の最高傑作を作りだす、ただそれだけを思って詞を作り続けていたわけです。

 それは、松田聖子という、「レコーディング直前に曲を渡してもすぐに覚えて雰囲気まで感じて全身で表現して歌いきる類いまれなシンガー」と出会ったことも大きなことだったそうです。だから、「常にナンバー1を取れるような歌作り」をしてきたそうですが、それはテクニックでもマーケティングでもなく、「そのときの自分自身の感性を信じて力を出し切る」ことがもっとも大事なことだったそうです。

 私も同じ時代に生きた同い年の歌手として松田聖子には愛着があります。そして今でも、彼女の歌ってきた曲はいいものばかりだったと思えるのですが、どうしてそうだったのかの裏づけが取れたような気がして、なんだか今満足しています…?

 松本さんは、松田聖子がいまだに現役バリバリで歌い続けていることは予想していなかったとのことですが、それは今だに歌い続けるに耐え得る歌の存在があってこそなのでしょうし、そうして歌い続けられる歌を作ることが松本さんとしても最高に幸せなことのようでした。

●「時代を読む」のではなく、「普遍性」を探求すること、
                それはどんな分野にも応用可能な人間が生きて行く根本のことー

 この番組は、佐野元春の出身の立教大学で、学生たちを集めての公開録画です。そこで毎回、学生たちからの質問を受けるのですが、そのやりとりもおもしろいものでした。

 中でも特に印象深いのは、松本さんの詞作りに対する姿勢です。
「幅広くものごとを知っている。多様な世界を知っている。テクニック的にも十分なものがある。でもそれだけではいいものはできない。肝心なことは常に自分が白紙の状態でその場に向き合い、そのときに持っているすべての力を出し切ること」。
 松本さんの伝えたいことはこのようなことだと私には感じ取れました。

 そのためにはどんなことをすればいいのでしょう?ーと学生に問われて、それに真摯に答えていたのも印象的です。
「私は中学時代、図書館の書棚の端から端まで片っ端から読破していくことを友人と競っていた時期があります。映画はジャンルにこだわらずありとあらゆるものを観てきました。そのようなことを経てきて残ったものこそが、自分の本当にやりたいことであり、興味のあることなのだと思います」。

 そして松本さんは、「自分自身を掘り下げることは、人間生きていく上でとても大切なことであり、そのようなことを続けていくことは、どんな仕事でもどんな分野でも応用可能なもの(力?)が得られる。逆に言えば、それをしていけば人間は生きて行ける」というようなことをおっしゃって、私はなるほど〜と思いました。

 私が1986年から1995年の東京時代にやってきたことは、まさに「それ」でした。ジャンルを限定せず本を読み映画を観、音楽会に足を運び、人から話を聞く機会を持つ、それを続けていたことにより、私には生きていく力が備わっていったのでしょうーそうとしか思えません。

 昨日日曜日の夜、札幌のオーガニックカフェ「青い空流れる雲」にて、私の友人でもある小寺卓矢さんのスライド&トークを行いました。

 お店のある札幌円山裏参道は、ちょうど‘夏祭り’で大賑わいでした。この日私は日中に、連れ合いと子どもを連れて「菊水銀座商店街夏祭り」に行っていました。北海道はこの時期、いろんなところで‘夏祭り’が開かれているのでしょう。

 裏参道夏祭りには、もう7〜8年前に、ジンベクラブで路上演奏&ダンスを行ったことがあります。当時‘ナナカマドアベニュー’というお店があって、そこの店主の方に請われてやらせていただいたのでした。その方も実は小寺君が世に出る前から(?)ずっと応援されていたのですが、すでにお亡くなりになられました。

 2〜3年前、小寺君の第1作『森のいのち』が出版された際には、同じ「青い空流れる雲」にて、読み聞かせ&トークを行ったのですが、そのときには‘ナナカマドアベニュー’とご縁のあった方々が参加されており、自然と亡くなられた店主の方を偲ぶ会にもなりました。

 今回、参加者は計8人と少なめでしが、その分みなさんからの話をいろいろと聞くことができ、とても内容豊かなものとなりました。

 私が「こうれなればなぁ」と思い描いていた以上の味わい深い会となり、主催者としては言うコトなしなのですが、小寺君も、快くスペースを提供してくださったお店の方も、後で「本当にやってよかった、こういう小さなことから始めて、つながりを保ち広げていくことこそ、今の時代特に大切なことなのではないかー」ということで一致しました。

 参加された方それぞれから思いの詰まった言葉を聞くことができたこと、その時間そのものが至福のひとときでした。そんな参加者の言葉の中から、「いのちの伝道師」の言葉が小寺君に向けて飛び出してきました。

 本人自ら使えるような言葉ではありませんが、「写真家」の枠におさまりきらないと自他ともに認めている小寺君にぴったり当てはまるような言葉に私は思えました。でももしかしたら、その場にいらしたすべての方が「いのちの伝道師」なのではないか、と今感じます。そしてさらに、さまざまな仕事をしながら、実は「いのちの伝道師」である方が、世の中にはいっぱいいっぱいいるはずだとも思っています。

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