さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

コミュニケーション

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○後半ーファシリテーショングラフィック

 これは簡単に言うと、「会議(話し合い)の可視化」の技法と言えるでしょう。
 言葉だけで話し合っているとなかなか前に進まず堂々巡りの議論を続けることが多くなりがちですが、それぞれの方が話した言葉を逐一大きな紙に色マジックで記していくと、その場の参加者が同じ土俵で話し合いができ、前に進みやすくなると思いました。

●「『聴く力』を高める5つの具体的方策」について話し合うー

 実際に各グループで、進行役と大きな模造紙に書いていく人を選び出し、「『聴く力』を高める5つの具体的方策」について話し合っていきました。

 「具体的方策」というのがミソで、具体的に『聴く力』を高めるやり方、トレーニング法となると、私は「インタビューゲーム」しか思い浮かびませんでした。グループ内で30分以上話し合いをしたでしょうか。インタビューゲーム以外にも何かないだろうかと散々頭を悩ませ話し合いましたが、結局私たちのグループはそれを答として発表しました。

 発表の段階で他のグループの発表を聞いても、やはり、聞くための心構えや環境設定のことなどに終始し、なんら「具体的方策」になっていなかったと思えました。

 もっとも今回のワークショップは、答えを出すことが目的ではなく、「ファシリテーショングラフィック」の体験をすること自体に一番の意味があると思っていたので、他グループが問いに沿った答えを出していなかったとしても、それはそれでいいのだろうとも思っていました。

●講師の井上さんの「聞く力を育てる5つの方策」とはー

 ただ、最後に講師の井上さんが考える「聞く力を育てる5つの方策」を話されたとき、その第一に「インタビューゲームを一カ月に○人と決めて実施」とあったのを見て、「私たちのグループで出した答えはやはり正しかったんだ」と思えてうれしくなりました。
 私の答えが合っていたということに対してではなく、6人で話し合いを尽くした末に出した答えでよかったのだ、ということに対してうれしく思ったのです。

 井上さんは「5つの方策」の2番目の「ファシリテーショングラフィックの日常化ー模造紙と水性カラーマジックを常に持ち歩く」までを紹介して、時間の関係もありその後の3つは省略しようとされていたのですが、参加者の多くから残りの3つも知りたいとの声が上がったので、手短に紹介されました。

3、赤入れ関係づくりー外に向けて発信する情報は、
           必ず言いたい放題言ってくれる方に目を通してもらってから発信する。
4、毎日1つ新聞切り抜きをして、「一言批判」をする=問いを出す練習。
5、らくだメソッド(算数プリント)をする。
  あまり考えずにコツコツ淡々と続けることは、頭と心身体の一体化であり、感性を磨く。
  頭の回復、情報処理スピードアップ。

 3と5はらくだの教室主宰者としての井上さんの顔をかいま見れたような気がして私はおもしろかったですし、私が気づいていなかったらくだメソッドの「深み」のようなものを感じ取ることができましたから、これを知ることができてよかったです。

 また、もっとよく考えると、その人なりの「聞く力を育てる5つの方策」は出てくるのだろうなとも思いました。

●ファシリテーターの基本は“聞くこと”に集約される。

 私は、「結局“聞くこと”こそファシリテーターにとっての必須事項であり、それ以上でも以下でもないのでは?」と感じていたので、井上さんが「ファシリテーターの基本は“聞くこと”に集約される」と話されていたことに対して納得しました。このことを確認できただけでも、今回研修に参加した意味があると感じます。

 私は東京で「あじあくらぶ」というサークルの発足に関わり、数年後には活動の中心にいました。これは私が望んだというよりも、自然な流れでそうなっていったのです。あじあくらぶは、通信発行の担当者は持ち回り制、当時行っていた定例会は「やりたいことがある人が主催してやる」という「中心のない場」になっていました。

 私が当時無意識的に心掛けていたのは、「会員の声を聞いて場を成り立たせること」だと、今振り返って思います。1988年発足ですから、すでに20年以上地道に続いているサークルです。

 また、札幌にUターンしてから始めた「ジンベクラブ(西アフリカのタイコとダンスで学ぶ会)」においても、その場に集まってきた人たちがどんなことを望んでいるのかを聞いて、あるいは感じ取った上で、どんなリズムやダンスをするかを常に考えてきました。

 こうして考えると、私はずっと、「ファシリテーション」のトレーニングをしてきたように思えます。らくだメソッドの指導者もそのような役割ですから、私はもともとそのようなことを志向してきた人間なのだと、自分のやってきたことを整理することができました。
 
 らくだの指導者は「学習コーディネーター」である由縁です。井上さんは、「地域コーディネーター」であり「ファシリテーター」でもあるとも伝えてくださいました。

 私たちが学んできたものを、そのような人材を養成するために活用することを、もっと積極的に行うことの重要性をも感じさせられました。


●最後に−

○『ファシリテーショングラフィック テキスト』

 上記の冊子が参加者に配られました。「えにし屋」さん発行のこの冊子は、ファシリテーターの役割や具体的なやり方などが記された優れものです。私もこれを元に今後もスキルを磨いていければと思っています。

○多忙を極めている相談室員

 今回の参加者に、以前から顔見知りの地域生活支援の仕事をしている方がいました。久しぶりに話しましたが、毎日相談業務が山のように来て、超多忙な生活をしているとのことでした。

 「相談事業をしている場ではどこもそのような感じなんですか?」と尋ねたところ、「自分の地域の特性なのかもしれませんねえ」とのことでした。やりがいのある仕事についていても、これではいずれ燃え尽きてしまうのではないかと私は危惧しましたがー。きっと、予算面でスタッフを増やせないなどの問題もあるのでしょうね。

 大変な仕事をされている若者を応援したいと思っていますが、需要に即したシステムは位置にするなど、もっとシステム面で整っていってほしいものだと思いました。

 今回私がこのワークショップに参加したいと思ったのは、日置真世さんが企画し、井上淳之典さんが講師という、他ではなかなか体験できない“ファシリテーション”のワークショップだったからに他なりません。たまたまこの日の土曜日朝から晩まで都合をつけることができたのも、実にいいタイミングだったとしか言いようがありません。

 私に参加資格があるのかどうかはよくわからなかったのですが、定員に空きがあったら参加させてもらえるかもしれないと思い、主催者の方に問い合わせたところ、参加OKのお返事をいただきました。
 当日参加してみると、参加者の多くは「社会福祉」関連の職場からいらした方々で、同じ職場から2〜3人参加されているところもありました。北海道各地から、約70名の方々が集まっていました。

○前半ー「インタビューゲーム」

 今回は、本来なら二日かかるようなワークショップを、ギューッと一日に詰め込んだようなものになるとのことで、スピーディーに進められていきました。

 まず最初に「インタビューゲーム」を行いました。これは私にはもちろん馴染みのあるものです。井上さんもらくだの教室を主宰する中でインタビューゲームに出会ったのですが、らくだの教室から離れてこのようなファシリテーション・ワークショップで活用されていることに驚きました。

 私もこの機会にインタビューゲームをあらためて捉え直し、活用していきたいと思ったことも、今回の研修参加の動機の一つです。

●インタビューゲームのルールと注意点は、自由なコミュニケーションへの誘いー

 インタビューゲームのことを話すと長くなりますので、ここではルールと注意点を主に記しておきたいと思います。
 「ルール」と聞くと、通常は「縛られるもの」と思われがちですが、インタビューゲームのルールは全く逆の意味を持ちます。「自由」になるための「ルール」なのです。
 インタビューゲームは、2人1組になってこのルールと注意点に則って「聴き合う」コミュニケーションゲームです。

〈3つのルール〉
1、何を聞いてもいい(聞く自由)
2、答えたくないことは答えなくていい(答えない自由)
3、聞かれないことでも話していい(話す自由)

〈3つの注意点〉
1、聞く側は聞くことに徹する(会話や雑談にしないため、聞く人は自分の話をしない)
2、相手の話に寄り添って聞く(相手の話に乗っていく、
               相手が話した内容に関連した問いを出す)
3、アンケート、履歴書にしない(単なる問いの羅列にしないで、
                その人独自の体験や内面に迫る)

●インタビューゲームで私のことを的確にまとめられたことにビックリ!

 私は遠軽町在住の方とペアになってインタビューゲームをすることになりました。もちろん初対面の方でしたが、インタビューゲームだと初対面の方でも深い部分を聞くことができるので、最初は長いと思っていた「20分聞き続ける」という時間も、あっという間に経ってしまいます。

 以下に、「相手になりきってまとめた」ものを載せておきます。相手の方の承諾も得ています。タイトルも、聞いた方がつけました。

                         *

 人が本来持っている力をひきだす!       2010.3.6 N.S

 私は飯田知樹です。
 若い時、東京でフリーターをしていました。まだフリーターという言葉が生まれてなかった頃、フリーターだったということで、「時代の先駆者」と笑って自己紹介することもあります。フリーターをしながらも「人との出逢い」を求めて、都内で教育、芸術など多種なワークショップに参加しており、その中で私の人生に大きな影響を与えた平井雷太氏との出逢いがありました。

 1995年にボケた父親の介護のため北海道に戻り、数年後当時私がやっていたアフリカのタイコの教室で出逢った女性と結婚。妻の連れ子の小1の娘に、平井氏の推奨するらくだメソッドの教材を使ったのが私の仕事の出発点、第一号の生徒です。

 今は、らくだメソッドの教材を使っている「すくーるhana」という塾を札幌市内2ヶ所で開いています。現在4歳から72歳までの40名弱の方が塾生です。

 「すくーるhana」では、単に学力を伸ばすということにとどまらず、子どもにしろ大人にしろ、人が誰でも持っている「学びたい」という意欲・力を信じ、それらをひきだし生きる力をつけていくことを大事にしています。生徒には、いわゆるLDの子や、ボーダーの子もいらっしゃいます。

 学校の勉強や、社会生活、人間関係などのつまづきにより自信を失っている人が多くいる今の時代。ヒトが生きる力を育むのを応援したい、と強く願っています。
 でも、この仕事、もうからないし、生活は大変なんです(泣)。
 スーパーの品出しのアルバイトして、なんとか笑顔でやってまーす(笑)。


 「枠」を超えたつながり、関わり、そして仕事をー  2010.3.6 飯田知樹

 私はN.Sです。遠軽在住で「くらしネット オホーツク」に所属して、障がいのある方にとって必要なさまざまなことを仕事としています。仕事の内容は多様で、直接支援だけでなく、関係者へのお話や勉強会等何でもやってます。

 私がこれからやっていきたいと思っているのは、小さいうちからの障がいのある子どもたちへのサポートシステムを作ることです。保育園や学校は、まだまだ障がいのある子の受け入れをとまどい、スムーズにはいきません。その子に関わるすべての方々に負担なくスムーズに受け入れてもらえるようなシステムができたらどんなにいいでしょう。

 また私は、将来的には、障がいのあるなしを超えた、ユニバーサルな地域づくり、システムづくりができればと思っています。そのためのプロセスとして、子どもをとりまく人たちが対等な立場でコミュニケーションをとって、お互いを知って話ができるような場づくりを実現したいとも思っています。

 たとえば、医者とか先生とかの肩書きがある方がいるだけで、その人たちに自由にモノを言えないような雰囲気の場をなくしたいです。私は小さな頃から周りに障がいのある子がいて、よく遊んでいました。小学校、中学校でもそのようなともだちとのふれあいがありました。そのような小さい頃の体験が、今につながっているのかもしれません。

 いずれは、仕事の枠にとらわれない、市民レベルで幅広く、障がいのあるなしに関わらず、いろいろな方と関わっていければとも思っています。

                          *

 私は相手の方がまとめてくれたものを読んで驚きました。私が伝えたいことを的確に記してくれていただけでなく、私が口にしていない言葉を使って、私が望んでいた以上のことを記してくれていたのです。インタビューゲームではこのように、相手が話していない言葉を使って相手のことをまとめるというのは望ましいことなのですが、そのような話さえしていなかったはずなのにーです。

 私がやっていることを理解していただくのは結構大変なことだと思うことが多く、今回も最初から伝わったわけではありません。最初は「?」という感じだったのが、相手の方の問いに沿って話していくうちに、相手の方の考え方と共通するような側面が出て来て、しだいに理解していただいて、インタビューが終わってまとめる際に最終的な言葉となって表れたのではないかと感じます。

 相手の方の才能によるところも大きいと思うのですが、このようなことがあるのでインタビューゲームはおもしろいとも言えます。もっとも、まとめに記したことは話した内容の一部であり、まとめには書けないおもしろい話も実はあります。が、それは永遠に二人の間の秘密事項?となります。それもまたインタビューゲームのおもしろさと言えるでしょう。

●その後、グループ内でインタビューの内容を共有し、感想を話し合った後、「インタビューしてみて、されてみて、読み上げてみて、結果を共有してみて気づいたこと」をできるだけたくさん付箋に書き出す作業をしました。

 そして、類似データ、関連データをまとめていき、自分たちのグループにおいて大事だと思われるキーワードを選びだしました。

 全部で12グループほどの中から3〜4グループに、選び出したキーワードの説明などをしてもらい、インタビューゲームを終えました。

 私は他のグループでのインタビューゲームの内容にもとても興味があるので、全員分のまとめを聞きたいくらいでしたが、それをやっていたらそれだけで終わってしまいます。

 「インタビューゲームから学べること」は、人それぞれであって、体験したからこそ得るものがあります。が、そこらへんのことはもっと突っ込んで話し合ったりすると、参加者それぞれ気づくこともあったかなと思います。

 それを思うと、インタビューゲームだけで一日費やすようなワークショップができればとも思いましたし、もっと小規模だったらそれができたのかとも思います。

 今回日置さんといっしょにいらした冬月荘コーディネーター・高橋信也さんの経歴を私は初めて知って驚きました。以下、自己紹介文よりー
                          *
「ここにたどり着くまで、ホテルのフロントマン、看板製作、鉄工所での塗装、溶接など、福祉とは関係のないさまざまな職業を経験。
 2007年の夏、求職中にハローワークで見つけた求人で「地域福祉コーディネーター」を偶然見つけ、応募し、これまた偶然に採用が決まる。
 現場に入ってから試行錯誤を繰り返し、「地域福祉コーディネーターとは何か?」と問い続ける。」
                          *
 私は講座の最後の質問タイムに、日置さんに一つお聞きしました。その内容は以下のようなものです。
「求人をする際に、友人知人のつながりから採用することもできたと思うんですが、敢えてハローワークを通した理由はあるのでしょうか? これまでの福祉の考えに染まっていないようなまっさらな人材をと考えたのでしょうか?」

 日置さんはこれに対して、丁寧に答えてくださいました。
「いっしょに考えて新たな場を作り出していってくれるような、これまでの福祉の概念に染まっていないような方」が必要だったこと、失業率の高い釧路で仕事を求めている方々に少しでも雇用の場を創出したかったこと、などの理由で、敢えてハローワークを通して求人したとのことでした。それに応募して採用されたのが、高橋さんだったのです。

 私が想像した、いや、それ以上の?お考えから、ハローワークで求人したことを知ることができました。

 なぜ私がこのことを知りたかったかというと、私自身、もともと、学校の先生になるとか、塾を開くとかいうことを考えもしなかった人間だったからです。

 しかし、「教えない教育」と言われるらくだメソッドに東京で出会った後、父親の介護のために北海道へUターンし、介護の手が離れた後は全くの未定だった私は、結婚して子どもを持つことを機に、「自分の子どもにらくだメソッドをやらせたい」という気持ちから、北海道ではまだ誰もやっていなかった「らくだの教室」を開塾することを決めました。それが7〜8年前のことです。

 らくだメソッドの開発者である平井雷太さんは、「学校の先生はどうしても‘教えたがる’。だから、既存の教育に染まっていない人の方が、らくだの指導者には向いているんです」とおっしゃいました。私はこの言葉に勇気を得ました。そして、「どんな子どもにも学力、そして社会を生き抜いていく力をつけられる」らくだメソッドをここ北海道でも必要としている子どもがいるに違いないとも思ったことが、開塾したもう一つの大きな理由です。

●高橋さんは、「当事者」として皆が関わる冬月荘において、自分は「当事者」ではないのではないかと悩んだ時期があったそうですが、「本当はみんなが地域の当事者=生活当事者」という言葉を聞き、気持ちがふっ切れたそうです。
 これを聞いて私はなるほどと思いました。私自身、いろいろな場において「当事者」になることができると思うと、勇気を得ます。

 また、「地域福祉コーディネーターという横文字に引かれて(?…高橋さん談)」就職したはいいが、どのような仕事をすればいいか明確にはわからないでいた高橋さんは、「現場に入ってから試行錯誤を繰り返し、『地域福祉コーディネーターとは何か?』を問い続けている」とのことです。

 私は、その場にいる誰もが「自分がコーディネーター」だという意識を持てば、みんながコーディネーターになるのだと思っています。コーディネーターにとって一番大切なのは、「聞くこと(その場にいる人の話に耳を傾けること)」だとも思います。そのような意識を持つ人が多くいる場こそ、みんなが過ごしやすい場になるのではないでしょうか。

 高橋さんは、「地域福祉コーディネーター」という求人に応募して採用されたのですから、すでにその時点でコーディネーターであり、その場にいながら日々考えて行動していけば、高橋さんなりのコーディネーターができ上がるのだと思います。

 「“まじくるフェスタ”を札幌でー」

 先週末日置さんとお仲間たちが釧路で開催した「まじくるフェスタ」は、さまざまな分野の方々が一同に会して融合するような集まりとして、とても意義深いものになったと聞きました。私は残念ながら参加することができず残念だったのですが、「次は札幌で!」という声が上がっていると日置さんがおっしゃっていたので、私もその実現に向けて何らかの協力をすることができればと思いました。

 一週間ぶりのブログとなります。先週は実に内容の濃い、実り多い一週間となりました。その分ブログを発信する時間がなかったのですがー。

 3日(水)の夜、井上さんとお会いして講座の打ち合わせをし、4日(木)は朝から準備をして10時半から13時まで井上さんの講座、夜は石狩で日置さんをお招きした講座に参加、6(土)はかでる2.7で朝から夕方まで日置さんが司会進行、井上さんが講師という「地域貢献活動支援事業」の「ファシリテーションワークショップ」で、夜はその交流会でした。

 多くのことを学ぶと同時にいい出会いがありました。これからボチボチそれらに参加して感じたことなどを書いていきたいと思います。

 石狩の講座に参加した後、主催者の方から通信に載せる原稿を書いてほしいと言われたので、二つ返事で引き受けました。私はいずれにしろブログに載せる文章を書きますから、通信に載せていただくことを念頭に書けばいいだけですので。今回はその文章を載せたいと思います。

                         *

         石狩市民講座「萌木」 思春期の子どもと向き合う講座 特別企画
        “人とつながるって面白い〜「冬月荘」の取り組みから〜” に参加してー

  お話:日置 真世 さん 
       北海道大学大学院教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター
       札幌市スクールソーシャルワーカー
       NPO法人地域生活支援ネットワークサロン理事・事務局顧問
     高橋 信也 さん 冬月荘コーディネーター

                         *

  「つながりの輪はつづくー」               

 私は手稲区曙で小さな塾を営んでいます。私のところでは、幼児から大人まで、そして、進学希望の子から不登校、学習障害の子どもまで、さまざまな人たちがそれぞれのペースで学んでいます。

 今回私が石狩の講座に参加したのは、さっぽろ自由学校「遊」主催の「子どもの貧困」講座に参加した際に、同じ講座に参加されていたKさんから、「石狩で日置真世さんをお招きした講座をやりますよ」と伝えられたからでした。

 日置さんは、「子どもの貧困」講座の第2回目にお話をしてくださいました。私は日置さんのお話を聞くのはそのときが初めてでしたが、その話の内容は驚くことばかりでしたし、かた苦しくなく気負いのない話しぶりはその場を楽しい雰囲気にさせてくれるものでした。

 その後私は、日置さんの著書を読んだり、ブログを拝見したりする中で、日置さんの歩んできた道や今行っていることをより深く知ることになりました。そして、知れば知る程、これまでの常識にとらわれない発想やその柔軟な行動力に感嘆し、また共感するところ大でした。

 石狩の講座でも、日置さんのこれまでの歩みから、「コミュニティハウス冬月荘」に至るまでの流れを中心に話され、冬月荘でコーディネーターをされている高橋信也さんもいらしていたので、現場の生の声?も届けてもらうことができました。

 「冬月荘」での取り組みは、一言では言い表せません。スライドでは、「2つのコンセプトと3つの機能」といういことで、「対象者を限定しない。必要な人が誰でも使える」「利用する人が一方的に助けられるだけではなく、活躍できる場」、「集い」「仕事づくり」「居住」とありました。

 10代から50代の方が入居されていたり、「親子ランチ」の場を設けていたり、これからもニーズに沿ってどんどん発展・変容していく場のように感じましたが、現段階でやはり特筆すべきは、「Zっと!Scrum」(ずっとすくらむ)にあると思います。

 これは、「中学3年生対象の無料学習支援」ですが、「塾でも学校でもない、講師も先生もいない。大人も子どももありのまま向き合う学習会」とあります。

 中学生は基本的に学習をしに来るわけですが、そこに強制はなく、みな自主的にそれぞれにとって必要な学習をします。そして、必要であればその場にいる大人が「チューター」として子どもに対応します。それは、勉強を教えるというよりも、共に学び合う場に近いように私は感じました。ですから、そこには「教える専門」の方たちがいるわけではありません。冬月荘の居住者もいれば、他からやって来る方々もいれば、冬月荘の場で学んだ子どもたちが高校生になってから今度は自分がチューターとして来たりもしています。

 この「Zっと!Scrum」でどんなことが行われ、どんなことが起こっていたかということは、口で説明するよりもその場に関わっている人たちの生の声を実際に聞いてもらう方がいいだろうと、子どもたちや「チューター」の方へインタビューした映像を流してくださいました。

 「冬月荘へ来る前と来た後で変わったこと」「あなたにとって冬月荘とは?」という問いかけにより、中学生たちはそれぞれの気持ちをカメラに向かって(インタビューした日置さんたちに向かって?)話していました。

 「前よりずっと明るくなった」「大人と目も合わせられなかったのが、話すことができるようになった」「冬月荘は自分にとっての居場所」「ここがなかったら家に引きこもっていたままになっていた」「自分に自信がついた」などの話が、子どもたちの口から生き生きと語られていました。子どもたちの言葉と表情が、冬月荘という場で何が起きていたのかを、何よりリアルに物語っていたのではないかと私は感じましたし、その場に参加されていたみなさんもそう思われていたのではないでしょうか。

 それと、子どもたちから「おんじ」と呼ばれている60歳位の男性へのインタビューもあったのですが、この方の話はグッと胸に迫るものがありました。

 この男性は、長年身内の方の介護をされた後職に就こうとしたのですが、なかなか仕事が見つからず、その時点では生活保護を受ける身となっていました。この男性が冬月荘を紹介されて行ってみると、茶髪にマニキュアやピアスをしたような中学生たちと初めて接し、「度肝を抜かれた」とのことですが、いざ接してみると気持ちの優しい子どもたちばかりだったのでじきに馴染んで、普通に対応するようになっていったそうです。

 今では、せっかくチューターとしていくのだから中学生の勉強がわからなかったらシャクだと自ら勉強もするそうですし、なにより自分の居場所として行く場があるだけで日々の生活に張りが出て、身だしなみにも気を配ることができるようになったとのことでした。もしもこの場を知らなかったら、それこそ家に引きこもったままになっていたかもしれないとも話されていました。「おんじ」の思いがとても伝わってくるインタビュー映像でした。

 私は、「子どもは成長したいと思っている」「心の底では学びたいと思っている」と信じています。だから、「大人が対等に接して見守ってくれる場=安心できる場」さえあれば、子どもはそれぞれ自分にとって必要なことをすると思っています。

 私が冬月荘で行われていることを知って驚いたのは、私が自分の小さな塾でやっていることと共通するような実践が、もっと多くの人たちを巻き込んで冬月荘という場で行われていることにありました。
 そしてそれは、どこかにモデルがあるわけではなく、これまでの日置さんが行動しながら積み上げて来たものの集大成としてそこに現出したことを知り、私はさらに驚いたのでした。

 今回の講座のテーマは、「人とつながるって面白い」でしたが、冬月荘ではまさに、さまざまな人たちがつながる場となり、さまざまな人がつながり合って、日々さまざまなドラマが生まれているのだと感じました。

 また、私自身、この講座の場に来たのは一人の方と出会ったつながりからでした。そして講座に参加して、私の後ろの席の方と話をしたことから、お互いの情報を交換し合い、今後につながることまでできました。

 さらに今回こうして通信の原稿を依頼されることにより、これからも「萌木」や「かめの会」等の方々とのつながりが続いていくことと思いますし、なにより日置さんたちともつながって、ここ北海道でさらに楽しくつながる(日置さん流に言うと‘POPな’)場を広げていきたいと思いました。

《もちろん、衣食住が脅かされず経済的に安心して生活できることはもちろんですが、私は経済的な豊かさだけでは限界があると思います。むしろ別の価値において「豊かである実感」をどれだけ確率できるかにかかっていると思うのです。

 それが、人と人とのつながりだったり、自分が自分であることの手応えであったり、自己肯定感だったり。うまくは表現はできませんが、そんなものたちではないかと思うのです。

 人は基本的には善の存在で、助け合って、つながって幸せになるのだと思います。ただし、さまざまな背景や要因によって、悪が表出してしまうことがある。でも、環境が整えさえすればその善さは発揮できるし、それは不可能なことではありません。》


●私も、そう思っています。
「人と人とのつながりだったり、自分が自分であることの手応えであったり、自己肯定感だったり」
…これらをお互いに感じ合ったり、伝えたり、そうするためのツールが、私にとっては「らくだ」であったり「ジンベ」であったりするわけです。

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